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□弱虫モンブラン
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巡り巡って、また桜の季節――。


「きゃあっ!」

突然聞こえた奈々の悲鳴に、綱吉は何事かと台所を覗き込んだ。

「どうしたの?おかあさん」

見れば奈々は呆然と冷蔵庫の前で立ち尽くしていた。

「どうしよう、ツッ君・・・。お母さん、ケーキ落としちゃった・・・」

そう言う奈々の足元には無残にもグチャリと崩れたレアチーズケーキ。
今日は古い友人が遊びに来るから、と奈々が作った特製レアチーズケーキは、実がゴロゴロと入っているブルーベリーソースをかけて食べるのだ。

「もう食べられない?」

べっちゃりと床に落ちてしまったケーキを指差して首を傾げれば。

「無理ね・・・。どうしよう・・・もう時間無いのに」

友人が来るまであと1時間ほど。
それまでにおもてなしの料理を作ってしまおうと、下味を付けて寝かせておいた鶏肉を冷蔵庫から出そうとして、ケーキのお皿に引っかけてしまった。
ちらし寿司もまだ作り途中だし、鶏の唐揚げも揚げなくちゃならないし。
今から作り直す時間も、買いに行く時間も無い。

「おかあさん、ツッくんが買ってきてあげる!」

困り顔の奈々を見て、綱吉が元気よく手を上げた。

「ええっ?でも・・・・」

綱吉は先日小学校に上がったばかり。
同い年の子供達と比べてどこかぽやぽやと頼りない所があって。
そんな綱吉のはじめてのおつかい。
はっきり言って心配だ。

「いつも行くケーキ屋さんでいいんだよね?」

ツッくん行かれるよ!と綱吉は自信満々。
その様子に、奈々はおつかいさせてみてもいいかなと思った。
いつものケーキ屋『ラ・ナミモリーヌ』は毎日通っている小学校の少し先だし。
交通量の多い大きな道は通らないし。
なにより、内気で引っ込み思案な綱吉がやる気でいるのだから。
ここはやらせてみるべきかも、と奈々は決断した。

綱吉の愛用しているライオンのアップリケのついた青いポシェットを用意して、中にお金とメモを入れて。

「じゃあ、ツッ君。お店に着いたらこのメモをお店の人に渡すのよ」

水色のパーカーを着せて、ポシェットを肩に掛ける。

「はぁい」

「買うのはホールのチーズケーキと・・・・あとツッ君の好きなケーキをひとつ買っていいわよ」

「好きなの?ひとつ?」

「そうよー。ショートケーキでもチョコレートケーキでもいいから好きなのをひとつ」

「うん!」

「お金もこの中に入ってるから、ちゃんとお店の人に渡してね」

「はーい。じゃあ、いってきます!」

綱吉は靴を履くと元気よく家を出る。

「車には気を付けてね!急がなくていいから、走らないでゆっくりね!」

「わかってるよー」

奈々に手を振って、1人ケーキ屋を目指す。
今日はポカポカの陽気で、桜は盛りを過ぎて既に散り始めていた。

「あ!にゃんこさん」

公園の桜の木の下に1匹の黒猫。
この間、奈々と一緒に見た大きな赤いリボンが印象的な見習い魔女が主人公のアニメ映画。
その主人公が飼っている黒猫にそっくりだった。

「ジジ!ジジだ!」

綱吉がウキウキと近付けば、黒猫はじりじりと距離を空けて――ピャッと逃げ出した。

「あー、ジジ待ってー!」

チラチラと綱吉を振り返りながら早足で歩く黒猫を、一生懸命追いかける。
裏路地を通って、空き地を通って、図書館の裏を通って。
長い坂道を登った所で――。

「あれれ?」

黒猫を見失ってしまった。
もふもふしたかったのにな、とガッカリして、そして思い出した。

「おつかい!」

ケーキを買いに行く途中だった、と慌てて引き返そうとしたのだけれど。

「えっと・・・ここ・・・」

辺りは全く見覚えの無い場所。黒猫に夢中で、知らない場所に迷い込んでしまったようだ。
今来た道すら分からなくて、綱吉はオロオロと走り出す。

迷子になっちゃった。どうしよう。おかあさん!

パニックになって泣きながら、あてもなく彷徨った。
このままおかあさんに会えなかったらどうしよう。
そう思ったらボロボロと涙が零れ落ちて。

「うっ、う〜〜・・・おかあさ〜ん・・・」

グズグズと洟を啜りながらトボトボと歩いていると。

「君、どうしたの」

と、声をかけられて、振り向けばそこに居たのは綱吉とひとつかふたつしか変わらないくらいの綺麗な子供。
サラサラの黒髪に、子供ながらにキュッと切れ上った切れ長の黒い瞳。
白いシャツに上品な臙脂色のベストを着て、チャコールグレイの半ズボン。
ピカピカの黒い革靴を履いた美少年が立っていた。

「迷子になったの?」

聞かれてコクリと頷く。

「ケーキ・・・買うって。おつかい・・・・でもにゃんこさんが・・・うぇ〜ん」

「意味が分からないな・・・。ケーキ屋に行くのかい?」

「うん・・・ナミモリーヌ・・・」

「ああ、あそこ。そこまで行けば家までの道分かるの?」

「うん」

「じゃあ行こう」

そう言うと少年は綱吉の手を握って歩き出した。

「連れてってくれるの?」

まだ涙が浮かぶ瞳をコシコシと擦りながら尋ねる。

「ああ。だから泣くんじゃない」

少年が力強く綱吉を引っ張ってくれるから、綱吉はようやく安堵の息を漏らす。

「ありがとー」

ふにゃりと笑ってお礼を言えば、少年は少し顔を赤らめた。

「オレ、どうしていいかわかんなくて」

「オレ?君、男の子なのかい!?」

少年は驚いた表情で綱吉を振り返る。
綱吉は母親譲りの愛らしいドール顔。
肌の色も白いし、髪も瞳も色が淡くて、赤ん坊の頃からよく女の子に間違われた。
この少年もまた、綱吉を女の子だと勘違いしていたらしい。

「男の子なのか・・・。じゃあ尚更泣くんじゃないよ」

「どうして?」

「男のくせに泣くなんて弱虫だ」

フンッと鼻を鳴らすこの少年は確かに泣いたりなんかしなさそうだ。
そうこうしているうちに、目的の『ラ・ナミモリーヌ』に着いた。
そんなに遠くまで来てしまったわけではなかったらしい。

「あ、ケーキ屋さん!」

綱吉は喜び少年と共に店内に入ると、奈々に言われた通りメモを店員に手渡す。

「ホールのチーズケーキと・・・・あと好きなケーキをひとつって書いてあるわ。何にする?」

店員に優しく問われて、綱吉はショーケースを覗き込んでひとつのケーキを指差した。

「これ下さい!」

「君、渋いの選ぶね・・・」

少年は綱吉が選んだケーキを見て驚き顔。
綱吉が選んだのは鮮やかな黄色が特徴的なモンブラン。
確かに小学1年生の子供が選ぶにしては渋いケーキだ。

「ツッくん、お正月に食べる黄色い甘いの好きー」

「黄色くて甘い・・・ああ、栗きんとんの事か」

似て(かなり)非なるものだが、綱吉の中では同じらしい。
大きなホールケーキとモンブランの入った箱を受け取り、お金を払って。
店の外に出た。

「ここからなら家に帰れる?」

「うん!大丈夫。送ってくれてありがとう!」

「じゃあね。弱虫モンブラン」

少年は綱吉の髪をクシャリと撫でて去って行った――。



「・・・・モンブラン」

「ああ、起きたの。綱吉」

まだ目覚めきれない目をこしこしと擦る。

「うー・・・オレ、寝ちゃってました?」

ムクリと起き上ると伸びをひとつ。

「うん。でも30分くらいだけどね」

今日はお花見しようという事になって雲雀の家を訪れた。
雲雀家の庭にも1本だけ。けれども見事な花を咲かせる桜の木が植わっているのだ。
サクラクラ病の雲雀だけれど、すぐ近くでなければ大丈夫だからと、縁側から桜を眺めていた。
けれどもお花見弁当を食べた満腹感とポカポカ陽気に眠気を誘われて。
いつの間にか眠ってしまったらしい。

「なんだかすごく懐かしい夢、見た気がします」

昔、まだ小さな子供だった頃の。

「ふうん。ああ、ばあやがデザートだって」

そう言って雲雀が出したお盆の上には。

「モンブランだぁ!」

「君、好きだろう?モンブラン」

「はいっ」

さっそくパクリと一口。
蕩ける甘さに、何かを思い出しかけたけれど。
結局思い出せなかった。


風に舞う桜の花びら。
桜の季節もあと少し――。

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