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□そんな世界
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「お待たせしました!」
並盛デパートの1階。
コーヒーショップのオープンテラスでぼんやりと人の流れを見ながらコーヒーを飲んでいると綱吉が走って来た。
「うわぁ、ヒバリさん。なんでオープンテラスに・・・。中で待っててくれればよかったのに」
寒くないですか、と綱吉はへにゃりと眉を寄せている。
寒がりの綱吉には僕がカッターシャツに学ランを羽織っただけの恰好で、オープンテラスにいるのが信じられないらしい。
「君はそう言うけど・・・今日はそんなに寒くない」
「もう12月なんですよ?見てるこっちが寒いですよぅ」
そう言う綱吉はブレザーの下にセーターまで着こんで、フリースのマフラーまでしてる。
本当に寒がりだ。
「ところで・・・用はもう済んだの?」
「あ、ハイ!いっぱいあって迷っちゃいます〜」
綱吉の手にはたくさんのパンフレット。
それらは全てクリスマスケーキのパンフレットだ。
――きっかけは草壁の一言。
「委員長、今年のクリスマスのご予定は」
昨日の夕食後、お茶を飲んでいたら草壁にそう問われた。
そんな事聞かなくたって分かっているだろうに。
「もちろん朝から見回りだよ。今年はクリスマスが週末に重なってるから浮かれた馬鹿が多そうだしね」
年末恒例の風紀委員による見回り。
クリスマスから年末年始にかけては咬み殺しがいのある奴がゴロゴロ転がっていて実に楽しい。
草壁だって見回りに参加しているのに、なんで今さらそんな事聞くんだと草壁を見れば、信じられないとでも言いたげな表情。
「・・・・何なの」
そんな顔されるような事言った覚え無いんだけど。
「いえ、あの・・・・沢田さんは・・・」
沢田綱吉。世界一可愛い僕の恋人だ。
「なんでそこで綱吉が出てくるの」
「なんでって・・・こ、恋人と過ごす初めてのクリスマスでは・・・」
「別にいつもより少し騒がしいだけの週末じゃない」
そもそもクリスマスはキリスト教徒の祭り。
雲雀家はキリスト教ではないからクリスマスを祝った事は無い。
「関係無いし、興味無いね」
「しかし・・・沢田さんは楽しみにしてらっしゃるのでは」
「何も言ってなかったよ」
12月に入っても綱吉の口から「クリスマス」という単語は出ていない。
「きっと遠慮なさってるんですよ。委員長からお誘いしないと」
「なんでそんなにクリスマスにこだわるのさ!」
「クリスマスは今やカップルの最重要イベントなのです!そのイベントを蔑ろにして・・・嫌われてしまってもよろしいのですか?」
――結局その言葉がとどめとなって。
「綱吉、クリスマスは僕の家に来るかい?」
今日の放課後応接室に遊びに来た綱吉に聞いてみた。
「え、だってお仕事じゃないんですか?」
「今年は見回りしない事になったんだ。だから用がなければ・・・」
そう言っている間にもみるみるうちに綱吉の頬が紅潮していく。
「用なんて無いです!行きますっ、ヒバリさんのお家!」
目をキラキラと輝かせてすごく嬉しそうだ。
僕よりも草壁の方が綱吉を分かってるみたいで面白くないけど。
今回は草壁に感謝しなければならないらしい。
「食事はばあやが用意してくれるから。ケーキだけ買おう」
「はいっ!じゃあ行きましょう、ヒバリさん!」
勢いよく立ち上がった綱吉を見て僕は戸惑う。
だって今はまだ12月になったばかり。クリスマスはまだ先だ。
「今はまだクリスマスケーキ売ってないんじゃない?」
「何言ってるんですか!人気のケーキは早めに予約しないとなんですよ?」
早く、早く。と腕を引っ張られて。
ラ・ナミモリーヌから始まって、この並盛デパートのデパ地下に至るまで。
クリスマスケーキパンフレット集めの旅となったのだ。
「定番の苺ショート、チョコも捨てがたい・・・。ブッシュ・ド・ノエルもいいですよね。
わあ、これホワイトチョコのムースなんだ!美味しそう・・・」
家までの帰り道、綱吉はパンフレットに夢中。
フラフラと危なっかしい足取りに、僕は思わず手を繋いだ。
綱吉は一瞬ビックリした顔をしたけれど、頬を染めてキュッと握り返してくる。
手を繋いでイルミネーションで彩られた街を歩く。
今まで気付かなかったけど、駅前には大きなクリスマスツリー。
街路樹も温かいオレンジの電飾で彩られて。
街はいつの間にかクリスマス一色。
毎年狩りをするのに夢中で街の景色なんて気にした事なかったけれど。
「・・・悪くないもんだね」
「え?ああ、綺麗ですよね〜」
思わず呟いた僕の言葉に綱吉がニコニコと笑う。
美しく光るイルミネーション。
咲き乱れるポインセチアの赤。
可愛い笑顔を見せる恋人。
今日僕は「興味無い」で済ますには勿体ない世界がある事を知った。