後輩×先輩1827
□夏の終わり。
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永遠に続くかと思われた灼熱地獄。
異常気象が騒がれる中、それでもこの日本という国には律儀に四季というものがあって。
あんなにけたたましく鳴いていた蝉の声もいつしか聞こえなくなり、代わりに秋の虫達の合唱する声。
こころなしか高く感じる空と、頬を擽る心地よい風。
夏休みも終わって、季節は確実に秋へと移り変わろうとしている。
なのに。
「まだ終わらないんですか?綱吉先輩」
「う〜〜・・・、だってぇ・・・」
呆れたような恭弥君の言葉が耳に痛い。
でも恭弥君が呆れるのも無理は無いんだ。
なぜなら9月に入ってだいぶ経つというのに―――オレはまだ夏休みの宿題に苦しんでいた。
漱石がオレを苦しめる。
漱石だなんて呼び捨てにしているけれど、彼の名は夏目漱石。
言わずと知れた明治、大正を代表する文豪だ。
夏休みの宿題として漱石の代表作である『こゝろ』または『坊っちゃん』のどちらかを読んで感想文を書け、っていうのがあったんだけど。
普段から本なんて一切読まない活字離れも甚だしいオレに、純文学は重すぎる。
だからズルイとは思ったけど、成績優秀で読書好きな獄寺君にこっそり代筆を頼んだ。
獄寺君はどちらも既に読んだ事があったらしくて、自分は『こゝろ』、オレの分は『坊っちゃん』で感想文を書いてくれた。
ところが。
夏休み明け、余裕で提出したその感想文は現国担当のリボ山先生にあっさりと代筆がバレてしまった。
獄寺君はそれなりに下手に書いてくれたんだけれど、リボ山の目は誤魔化せなかったらしい。
『俺様の目を誤魔化せるとでも思ったか?いい度胸じゃねーか』
厳しくて口の悪いリボ山にギロリと睨まれて生きた心地がしなかったものだ。
リボ山の鉄拳を食らいたくなくて、平謝りに謝って。
再提出という事でなんとか鉄拳制裁を免れたのだが。
結局、自力で本を読まなければならないという苦行が残った。
頑張って読もうとしたけれど、1ページ読む間に寝てしまう。
提出期限は迫ってくるのに、遅々として読書は進まない。
仕方がないからあらすじと、あとはラストを数ページだけ読んでなんとか感想文を書きあげた。
それを恐る恐る提出したのだけれど。
ザッとそれを読んだリボ山は問答無用で拳骨を一発。
『あらすじだけ読んで書きやがったな・・・?どれだけかかってもいい。とにかくきちんと読んで書け!』
オレはジンジンと痛む頭頂部を擦りながら涙目で頷くしかなかった・・・・。
そうして9月も終わりに近い今頃になっても、まだ本を読んでいる途中なんだ。
必死に頑張ってやっと四分の三以上読んだから、あと少しなんだけど。
「もう少しなんだけど・・・。難しい漢字ばっかりだしさぁ」
内容も漢字も難しすぎる。正直全然頭に内容が入ってこない。
「最近、夕飯食べたらずっと読書じゃないですか。早く読み終えて下さい」
恭弥君が不機嫌そうに言う。
いつもなら一緒にテレビを観たり、お喋りしたりしてる時間なんだけど、最近は読書に費やしているのが面白くないらしい。
恭弥君もオレに合わせて読書したり、風紀の仕事をしたり。
オレだって恭弥君ともっとイチャつきたいけど。
なんてったってこの夏休みは最高に楽しかった。
夏休みの初めに2人で鎌倉に小旅行。
オレが足を怪我するっていうトラブルはあったけれど、普段だったら絶対に泊まれないような高級旅館でまったりと寛いで。
帰って来てからも部屋でイチャついたり、時には風紀委員で占領している応接室でイチャついたり、と。
恭弥君が人ごみ嫌いだから、遊園地とかプールとかには行かれなかったけど、十分楽かった夏休み。
その余韻だけでなんとか我慢している状態。
とにかく一刻も早く感想文から逃れたかった。