和5題-2

□枯れ野
4ページ/5ページ

「失礼いたします。木佐様」
襖の外から、声が聞こえる。
この声はかつて狐と呼ばれていた少年のものだ。
翔太は鷹揚に「お入り」と答えた。
案の定、開いた障子の向こうには律が座っており、三つ指をついて頭を下げた。

「律っちゃんも座って、菓子をお上がりなさい。」
翔太は売れっ子男娼の貫録で、威厳たっぷりな声をかける。
律は「ありがとうございます」と答えると、楚々とした足取りで部屋に入った。
膝を付き、再び襖を閉めると、今度は立ち上がって千秋の隣に座る。
その淀みない優雅な仕草に、翔太は今更ながらに内心舌を巻いていた。
ここに来た時には言葉も満足に話せず、箸さえ使えない、まさに狐のようだったのに。
それが今ではすっかり可憐で妖艶な男娼へと変化しつつあった。

「そういえば律っちゃんのお客って、誰だったの?」
翔太は売れっ子男娼の貫録を引っ込め、興味本位を前に押し出した。
南蛮ものの珍しい菓子を貰ったので、千秋と律を同時に部屋に呼んだ。
だが律は来客があるので、遅れると言われたのだ。
この娼館以外に顔見知りもいそうにない律への客とは、いったい誰なのか。

「桐嶋様です。」
「桐嶋?用心棒の横澤に惚れ込んでる八丁堀の同心の?」
「惚れ込んでいるというのはわかりませんが、同心の桐嶋様です。」
「何の用で?」
「神社にいた頃のことを聞かれました。」

翔太は律が菓子に手をつけないのを見て、もう一度「お上がりなさい」と促した。
嵯峨に見事に仕込まれた律は、翔太が話しかけている間は食べようとしないのだ。
律は「いただきます」と翔太に一礼すると、ようやく菓子を食べ始めた。

それにしても、と翔太はため息をついた。
こうして律と千秋を見ていると、嵯峨と羽鳥の仕事ぶりが見て取れる。
翔太は美しく妖艶な律と、可愛らしく清楚な千秋。
どちらも売れっ子になることは間違いなさそうだ。

正直言って、翔太の商売に影響することは間違いない。
それでもこの少年たちを嫌う気持ちにはなれなかった。
こんなに長いこと男娼をした身で、もう親許には戻れない。
待っている人もいない以上、ここを早く出たいという気持ちはないのだ。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ