和5題-2

□枯れ野
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「律さんは、まだ店に出る日は決まらないの?」
今度は千秋がそう聞いた。
来月から客を取ることが決まった千秋は、どうにも気が晴れないようだ。

「千秋さんより少し後、とだけ聞いております。」
「嫌じゃない?」
「いいえ。嫌ではありません。」
律は静かに首を振る。
だが千秋には納得がいかないらしい。
手にした湯呑を盆に置くと、律の方に向き直る。

「嵯峨様にだけ、抱かれていたいって思わないの?」
「お客様に抱かれることは、嵯峨様がお望みですから。」
律は艶やかに微笑んだ。
千秋は「俺は羽鳥様だけ」と言いかけて、慌てて口を噤む。
翔太はそんな2人を見ながら、物思いに耽っていた。

身体を売ることは、枯れ野を彷徨うようなものだ。
翔太はそう思っている。
時折すれ違う人と、身体を重ねて熱を分け合うことはある。
そうでなければ、寒くて凍えてしまうからだ。
だが決してその相手に心を奪われてはならない。
なぜならすれ違う2人は行く先が違うからだ。

だが千秋と律は、出逢ってしまった。
どうしても離れたくない、けれど決して結ばれるはずのない人に。
大事な人を思う故に迷う千秋と迷わない律。
いったいどちらが正しいのだろう。

翔太にもそういう人がいる。
いつか客が刃傷沙汰を起こした時に、咄嗟にかばおうとしてくれた絵師の青年だ。
彼がこのまま傷つけられたらと思うと、逆に彼を守ろうと思った。
結局用心棒の横澤が間に入って、事なきを得た。
だがあの1件で、翔太と皇は自分の恋心に気づき、相手も同じであることを悟った。

枯れ野の中で出逢った大事な人。
でも一緒に歩く未来が見えない相手を、想い続けても意味がない。
忘れてしまえば楽なのに、それができずにもがき苦しむのだ。

「2人とももっと食べなさい。菓子はまだあるんだから。」
物思いの感傷を振り捨てるように、翔太は明るい声を出した。
千秋と律は幼さの残る笑顔で、勧められるまま菓子に手を伸ばした。

【続く】第2話「寒雷」に続きます。
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