血3題

□隠した手首
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今夜も翔太はクラブ「エメラルド」で、接客をしている。
今日は女性客限定の営業日だから、翔太のテンションは上がらない。
横澤にはよく「女相手の時に手を抜くな」と注意されるが、こればっかりは仕方がない。
雪名という恋人がいても、やはりいい男を見ると心がときめくものだ。

それに女性客が自分のような男に求めるのは、誠実さではないと思う。
翔太を指名する女性客は落ち込んでるので元気付けて欲しいとか、楽しく騒ぎたい者がほとんどだ。
その証拠に擬似恋愛目的など真剣モードの客は、羽鳥や嵯峨を選ぶ。
だがら女性客に対しては、軽薄に近い明るさで接するのが翔太のスタイルになっている。

向かいのテーブルでは、恋人の雪名が2人組の女性客の相手をしていた。
同じテーブルについているのは、クラブ「エメラルド」で一番新しいホストの律だ。
雪名を指名する客は若い客が多いので、年齢が高かったり陰があるホストは似つかわしくない。
必然的に同じテーブルには、かわいらしい雰囲気の律か千春がつくことが多い。
翔太も実年齢はともかく見た目は若く見えるが、雪名のテーブルにはつかせてもらえない。
それは雪名と翔太が恋人同士だからだ。
横澤は基本的には、付き合っている2人を同じテーブルにはつかせない。
万が一にもそんな雰囲気が客にバレてしまっては台無しだからだ。
だから嵯峨と律、羽鳥と千春が同じテーブルにつくこともほとんどなかった。

フロアを見回していた横澤が、こちらに歩いてきた。
翔太の横に来ると素早く長身を屈めて「向こうのテーブルばかり見るな」と耳元で囁く。
そしてそのままフロア内を回りながら、客席をチェックして回っている。
灰皿を変えたり、空のグラスを下げたり、本来はウエイターがするような雑用も横澤は厭わない。
さりげない動作だか、横澤は雪名の方ばかり見ている翔太を注意する目的だったのだろう。

はいはい。わかりましたよ。
翔太は心の中だけでおどけた返事をすると、自分の客に視線を戻して営業用の笑顔を作った。
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