和5題-2

□枯れ野
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「私にはわかりかねます。申し訳ありません。」
律は畳に手をつき、丁寧に頭を下げた。
かつて狐と呼ばれ、言葉も通じず、手づかみで食事をしていたという。
だがいくつかの季節を経て、少年は艶やかに変貌していた。

「まぁ、そうか。そうだよな。」
定町廻り同心、桐嶋禅は頭を掻いた。
つい先日、かつて律が棲み付いていたあの神社で、死体が見つかった。
桐嶋はその件で、律に話を聞くために娼館に来たのだ。

「あんたは阿呆か?こんな子供に何を聞いてるんだ?」
桐嶋に茶々を入れたのは、用心棒の横澤だ。
ちなみに桐嶋は横澤の居室に上り込んでいる。
本来の要件の相手である律は部屋の隅にちょこんと座っていた。
その横にはこの件にはまったく関係のない嵯峨が、どっかりと胡坐をかいている。

横澤はかなり機嫌が悪かった。
自分の領域である居室にはあまり人を入れたくないのだ。
それなのに、こんなに人がいる状況は落ち着かない。

こんなことになったのには、理由がある。
以前桐嶋の娘、日和が攫われ、売り飛ばされそうになったのを横澤が助けたのだ。
横澤としては成り行き上そうなっただけのことであり、大したことをしたとは思っていない。
だが桐嶋はそれから頻繁に、この娼館に現れるようになった。
定町廻り同心である桐嶋は、常に市中を動き回っている。
その折によく立ち寄り、冗談とも本気ともつかない口調で横澤を口説くのだ。

「お前さんを一晩買うといくらなんだ?」
最初の言葉はそれで、横澤は呆然とした。
横澤は売り物ではないし、そもそも用心棒という仕事柄、営業中は待機している。
そう言って断ると、今度は「仕事を辞めて、嫁いで来い」と言う。

「なぜ俺なんだ、俺は男だぞ。」
横澤はいつも文句を言う。
だが桐嶋はまったく聞く耳を持たない。
男娼を置く娼館で働く人間が、男だなんだと言っても説得力がない。
それが桐嶋の言い分だった。
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