和5題-3

□風化
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「横澤が?」
桐嶋は、思わず声を荒げて聞き返す。
知らせに来た男は、神妙な顔で頷いた。

桐嶋と横澤が会わなくなってから、もうかなり経つ。
当初は夜も眠れないほどの喪失感だったが、最近はようやく慣れてきた。
このままこの想いを風化させて、ひっそりと心の奥に沈める。
そしてこのままお互いの人生に関わることなく、生きていくつもりだった。

ある日の夕刻、奉行所から帰宅すると、家の前で珍客が待っていた。
この男には見覚えがある。
横澤が働く娼館の嵯峨という男娼だ。
普通の男とは違う艶やかさは異彩を放ち、道行く者は興味深げな視線を投げて行く。
色を売る男が持つ独特な妖気に、桐嶋は目を覆いたくなった。

「妙な噂になる。さっさと家に入ってくれ。」
「それには及ばない。すぐに済む。」
嵯峨は素っ気なく、そう答える。
桐嶋は一瞬迷ったものの、すぐに頷いた。
日和に知られるよりは、ここで人目に触れることの方がましだ。

「横澤が斬られた。」
「横澤が?」
桐嶋は、思わず声を荒げて聞き返す。
嵯峨は神妙な表情で頷くと、じっと桐嶋の反応を見ている。
まるで桐嶋が横澤に相応しい男かどうか、見極めるように。

「かろうじて一命は取り留めた。だけどずっと眠ったままだ。」
「・・・どうして、俺に?」
「一応知らせておこうと思った。深い意味なんかない。」
「わざわざ悪かったな。」
「見舞え、なんて言うつもりはない。だがせめて下手人は捕えてくれ。」

嵯峨は言いたいことを全部告げたのだろう。
桐嶋に背を向け、さっさと歩き出してしまう。
だがその背中は雄弁に何かを語っているような気がした。

横澤がかつてこの嵯峨に恋をしていたことは知っている。
気付かれてはいないはずだと横澤は言っていたが、それはきっと違う。
嵯峨は横澤が自分に恋していることを知っていた。
答えられない想いと友情の狭間で、悩んだのだ。
いっそ横澤を嫌いになれれば楽なのだろうが、それも無理だっただろう。
娼婦たちのために人知れず身体を張る横澤は、気のいい男なのだから。

桐嶋は立ち去る嵯峨をじっと見送っていた。
その背中から伝わる嵯峨の気持ちは、きっと思い過ごしではない。
恋はできないが友人として、嵯峨は横澤を案じている。
桐嶋だって本当は今すぐにでも、横澤のところに駆けつけてやりたい。
だけどもう夕刻、幼い娘を置いて出かけることなどできやしない。

「畜生っ!」
桐嶋はやるせない気持ちを吐き出した。
すっかり日が暮れた路上に、桐嶋の悲痛な声が響いた。
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