快感3題

□ネクタイ
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ダメです。お客様。
柳瀬が何も言う前に、店長は首を振った。

千秋のために何かしたい。
そう思った柳瀬の目に留まったのが、クラブ「エメラルド」のホームページだった。
隅の目立たないスペースに、ホストの募集が掲載されていたのだ。
自分も千秋と同じ店で働ければ、もっと千秋に近づける。
羽鳥と同じ店に来てしまえば、勝ち目があるかもしれない。
そんな衝動から、柳瀬は初めて客ではなくホスト志望の者としてクラブ「エメラルド」へ来た。

だが顔見知りの店長は柳瀬の顔を見るなり「ダメです。お客様」と首を振った。
かろうじて向かい合って座ったものの、持参した履歴書を開いてさえくれなかった。
柳瀬にはその理由がわからなかった。
今の仕事を辞めることに迷いはないし、容姿に関してもさほど問題ないと思う。
よく人からは美人だと言われるし、その気になれば羽鳥以上の売れっ子になれる自信もある。

お客様は千春のご友人ですよね?
客として来店する時には、いつもテキパキとしていた印象の店長が言いにくそうに切り出す。
信用されていないのだろうか?
ホストになったら、勤務時間中は千秋との関係はきちんと切り分けるつもりでいるのに。
納得いかない柳瀬が口を開こうとする前に、店長が言葉を挟む。

私が心配するのは千春のことではありません。羽鳥のことです。
その言葉に、柳瀬はカッと頭に血が上った。
この店長にはバレている。
羽鳥と千秋の関係は知ってて当然だが、柳瀬の想いも、この店に勤めようと思った理由も。

余計なことですが、羽鳥のことをもう少し見てやって下さい。
千春のことをどう思っているか。千春とどう接しているか。
その上でやはり千春の近くにいたいということであれば、またいらしてください。
店長は立ち上がり、柳瀬に一礼すると、店の奥の扉の中に姿を消した。
従業員専用の、今の柳瀬には入れない場所だ。
テーブルの上には見てもらえなかった履歴書と「横澤隆史」と書かれた店長の名刺が残された。

羽鳥のことを見るとは、どういう意味なのだろう。
誰もいなくなったクラブ「エメラルド」の客席で、柳瀬は考える。
あの店長には見えていて、自分には見えない何ががあるのだろうか。
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