和3題

□着物
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「まったく気楽な稼業だよな」
男は本殿にごろりと横になりながら、ポツリと呟く。
もう1人の男はそれを見下ろしながら、ため息をついた。

寝転んでいる男は、近隣の者から「神主さん」と呼ばれている。
どこからともなく現れ、誰もおらず寂れていた神社に居着いてしまった。
元々この神社は曰くつきである。
もう10年程昔のことだが、妖怪の狐が棲み付いていたという。
さらに同じ頃、どこかの商家のお内儀が殺されて埋められていたらしい。
だからここは、神社でありながら縁起の悪い場所とされていた。
訪れる者もなく、寂れて、さながら物の怪の巣食う廃屋のような佇まいだった。

そこにこの男が現れたのだ。
もう1人、従者らしき男と共に、ここで暮らし始めた。
近隣の者たちは、大いに怪しんだ。
宿無しのゴロツキか、何かを企む悪党か。
もしかしたらこの神社の邪気に惹き付けられた魔物かもしれない。
彼らは考えた末に、奉行所に「不審者がいる」と訴えたのだ。

だがこの辺りを巡回する定町廻り同心が、この男の身元を請け合った。
訳あって細かくは明かせないが、身分のある人物なのだという。
万が一の時には自分が責任を持つとまで言われては、何も言い返せない。

2人の男はそんな騒ぎなど素知らぬ顔で、朽ちかけた神社の修繕を始めた。
本殿の襖や畳を張り替え、鳥居や灯篭や手水舎を磨き、社庭の木々を整える。
彼らの身元を請け負った同心の家で雑用をしている男も手伝いに来ていた。
程なくして神社は、お参りができるほどの見栄えを取り戻した。
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