和3題

□和傘
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柳瀬優は、今日も機嫌がよかった。
いつも通りの歩調で、いつもと同じ場所へ向かっていた。

柳瀬はこの界隈ではかつて遊び人として知られていた。
元々旗本の嫡子だったのに、何を仕出かしたのか勘当されて、家を追い出された。
不思議と金回りだけはよく、毎日好きなことをして遊んで暮らしていると。
だがそんな人も羨む暮らしをしているのに、少しも楽しそうに見えない。
どちらかと言えば人生に冷めており、どこか投げやりな雰囲気だった。

そんな柳瀬がある娼館に通い始めた時期があった。
何でもそこの娼婦に入れ上げてしまったという。
その娼婦が店に出る日は、ほぼ毎日通っていた。
そんなに逢いたいのか、他の男に触らせたくないのか。
かつての冷めた柳瀬を知る者は、ただただ彼の変貌に驚いていた。

だがその娼館が火事になり、そのまま店を畳んでしまった。
娼婦たちは借金を棒引きされ、彼のお気に入りは江戸を離れたという。
柳瀬は未だかつてないほど落ち込み、無気力になった。
町に遊びに出ることもなくなり、毎日家に閉じこもって暮らした。
使用人の話では、昼も夜も浴びるように酒を飲んでいるらしい。
このままでは身体を壊してしまうと心配している頃、唐突に変化が訪れた。

柳瀬は家で酒を飲むことはなくなった。
決まった時間に起きて、昼近くになると近所の一膳飯屋に出かけて、朝昼兼用の食事をする。
昼からは好きなことをして過ごすと、夜には同じ飯屋で夕食だ。
そして看板まで店でのんびりと過ごし、夜半に帰宅する。
今では酒はその飯屋で喉を湿らせる程度しか飲まないという健康的な生活だ。

柳瀬の友人たちは当初、その一膳飯屋に可愛い娘でもいて、見初めたのかと噂した。
だがその店は若い兄弟が切り盛りする店だと聞いて、首を傾げる。
なぜ柳瀬はその店に通い詰めるのか。
そもそも荒んだ生活に堕ちた彼を立ち直らせたのは、いったい何だったのか。

だが柳瀬は何も語らなかった。
暑い日も寒い日も、雨の日には和傘を差して、一膳飯屋に通い続ける。
その表情は明るく、かつての彼からは想像もつかないほど生き生きしていた。
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