EACH THA TALLTREE

□チェス盤の上のREAL
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†チェスの噂†


それからしばらくと絶たないうちに、ハイ・ラガードの大公から全ギルドに収集がかけられた。
城薔薇騎士団のアサヤたちも広場に群がる冒険者たちの中に混ざる。

みな何事かと大公の登場を待っていた。
もちろんだが、大公が公国の全ギルドに収集をかけることなど前代未聞。
よっぽどのことだということは確定だった。

どんなに凄腕でベテランの冒険者がこの中にいようと、決して誰かなど見分けはつかないだろう。
みな不安が顔を覆い尽くし、険しい表情をしていた。


アサヤは同じギルドのメンバーと共に居た。周りの冒険者たちがそろって不安と緊張を放っていると、何が何だかわからないアサヤたちにまで不安で彩られていく。

『な…、何なんでしょう一体。』
アサヤが不安げに隣のゼリーシュへ声をかける。
『………………』
ゼリーシュは何も答えず、ただ重いため息を吐いた。
『イヤな…………ことがあった──もしくはあるということは間違いないでしょう、』

ゼリーシュの代わりに応えたのは、二人の後ろにいるレンジャーの『マドンヌ』であった。
マドンヌは背が高く、色素の薄い金髪を肩まで垂らした妖艶な男だった。
服装は動きやすいためか露出が多く、ガタイの良い肩幅と筋肉を見せびらかしている。
顔もしっかり男性の骨格をしているのに、なぜかその雰囲気は女性のような色気を匂わせていた。


そんな好戦的な見た目とは裏腹に知的な趣味と情報網に優れたマドンヌは、アサヤの問いに静かに答えた。
『────最近、樹海の魔物がやけに凶暴化した。1週間も樹海に入れさせてもらえない程に。そして何の事前もなく全ギルド、冒険者の収集。
───────ヘンな噂。』
『噂?』
マドンヌはうなずく。
そして再び話を続けようとしたとき、ゼリーシュが口を開いた。

『チェス』

チェス?と言いかけたアサヤの脳裏に酒場の主人が思い出される。
たしか…、酒場の主人があらゆる冒険者たちにそろって"チェス"について話を聞いて回っていた。
自分も聞かれた中の一人だ。
あまりにも主人に不似合いで、それでなくとも"チェス"の話なんてここでは滅多にしないことなのでよく印象に残っていた。

『この前、酒場の主人が私にチェスの事を聞いてきたのだけど。チェスってそれの───?』

あまりにも予想とはかけ離れた単語に、緊張していた顔を不思議そうに染めながら首をひねる。

そんなアサヤとは裏腹に険しい顔を崩さない2人はそのまま続ける。
『チェスの話聞かれたのって、やっぱアサヤだけよね。』
『え────?他のギルドの人たちにも聞いてたけど……』
『あのね』
話に全くついていけてないアサヤにマドンヌが緊張した口調を少しゆるませ、少しずつほぐしながら説明した。

『アサヤ意外にチェスのことは、ギルドの団長もしくはリーダー的な人にしか聞いていないんだ。』
それにゼリーシュが続ける。
『まぁ、話を聞く人を限定してるわりにはそんなに重要気密じゃないみたいだけどさ。私もアサヤに聞くずっと前に知ったし。みんなそこかしこに言い触らしてるしねぇ。』

驚いた。実際な聞かれた自分が全く気にも止めなかったことを2人は知っていた。
そして、

『問題は、その"チェス"の噂と噂が流れた時期。』

ここで、"チェス"という単語が再び出てきた。今度はもっと怪しい気配を感じさせながら。

『今からちょうど1週間前から樹海に潜れなくなった』
ゼリーシュの言葉にマドンヌが続く。
『噂が流れ始めた───正しくは主人が"チェス"について聞き込みを始めたのも同じ1週間前。』

この言葉を聞いて、2つの出来事が関係していることがアサヤにはすぐに理解できた。

『それで───、そのチェスの噂の内容…というのは?』

マドンヌが重い鼻息をもらし、ゆっくりと話し始めた。
『チェス……というよりは、チェス盤の上の話なんだけれど───。

チェス盤の上の"駒"には心があって。人間と同じように。チェスの駒を私たちは当たり前に動かすでしょう?
でも駒たちは自分が動かされていることは潜在意識下にあって気付かずに、さも自分の意志で行動して、戦っているように感じている。
本当にチェス盤の上で戦う人生を繰り広げていると──。

──そしてある日、チェス駒が自分の潜在意識下の存在に気付くんだ。そうすると命が具現化し現実世界に駒が現れたとき、私たちもチェスの駒となる。
自分たちが操っていたチェス駒と同じように潜在意識下で誰かに操られながら…。

そうしながらチェス駒たちはまた徐々に現実世界をチェス盤に染めていくんだ。』

まあ、ただの年伝説並みの噂だったんだけど───
とマドンヌは付け足す。

『最近妙にいろんな人たちがこの噂を口にしていて。
信じ込んで恐がってるんだ。』
酒場のあの周りの雰囲気を思い出し、アサヤは納得した。
『集団心理?周りがみんな恐がってたり何かを信じていたりすると自分もそれに染まっちゃうってヤツ。』
吐き気がする、とでも言いたげにゼリーシュはそう吐き捨てる。

『みんな、こんな噂は大昔から都市伝説程度に聞き流してきた。なのにここ1週間になっていきなりこの状態に───。
おかしいでしょう?』

マドンヌの最後の一言で、アサヤは2人がこんなに険しい顔をしている理由を理解した。


たしかに─────、
そう言われてみると怪しく思えてくる。なにより、そんな噂に堂々と不安を曝け出している周りの冒険者たちが怪しかった。


1週間前になにがあったのか?
どうして樹海に入れなくなったのか?
そして、これから一体何が起こるのか──────



不安のせいか、いつのまにか時間の流れが遅くなっている気がした。





チェス盤の上にはすでに一つ、駒が置かれている───


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