EACH THA TALLTREE
□チェス盤の上のREAL
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†世界樹を救うため†
広場に大公が現れた。
少しずつ不安にかられ、ざわつき始めていた公国の冒険者たちの視線が向けられた。
1週間の探索不可にまで追い詰めた魔物の凶暴化、
チェスの噂、
噂の流れはじめた時期──
すべての不可解な点が交差して、悪い予感を掻き立てる。
それらの不安を打ち消してくれとばかりに、冒険者たちは大公に視線をおくった。
『我が公国、ハイ・ラガードの冒険者たちよ。』
たった1週間のあいだ聞いていなかっただけなのに、
大公の声は冒険者たちの耳に大きくとどろいた。
『ここ1週間のあいだ、皆も知っている通りこの樹海は閉ざされてきた。
飛躍的に凶暴化した魔物に手が終えず、死者が続出することを恐れたためだ。』
だれもが待っていた世界樹の話。この騒動が始まった原因である"魔物の凶暴化"だ。
『原因は未だ解明されていないが、我々はある作戦のため、樹海探索を禁止した。
皆も1週間のあいだ十分休養をとれたと思う。
──世界樹を取り戻すため、皆に今一つ願い申し出る。』
そこで一旦言葉を切り、大公は冒険者たちを見渡した。
たかが噂ごときにわけもわからず恐怖する冒険者たち。
彼らに、このまま冒険者とは別の道を歩ませたくなどなかった。
『その前に、皆にもう一つ取り戻してもらいたいものがある。』
大公が一番取り戻してほしいもの、それは────
『いま、皆のなかに冒険者としての自分は死んではいないだろうか。』
その言葉は、集まっている数々のギルドメンバーたち、かつて生き生きと樹海に潜っていた冒険者たちに大きく響き渡った。
だが大公はそれ以上は続けなかった。そして、冒険者たちに語り掛ける。
『ここにいる誇り高きハイ・ラガードの冒険者たちよ。
今や凶暴化した魔物が溢れかえるこの樹海をもとの姿に戻すため、
皆々の力を合わせなければいけない時が来た。
前の自分を取り戻したいと思う者も立派な冒険者である。
まだ冒険者である自分が死んでいない者、それだけでいい。
そう思う者は力を合わせ、かつての世界樹を取り戻すために力を貸してはくれないだろうか。
────世界樹をもとの姿に戻すことに命を懸けてくれるという者は、この場に残ってもらいたい。』
ただでさえ威厳をにわかに感じさせていた大公が声を張り上げ、冒険者たちにそう告げる。
長らく探索を禁止され実態のない世界樹の迷宮。
いまや"飛躍的に凶暴化した魔物"が溢れかえる場所と化した場所だ。
ただでさえ死者、怪我人の絶えないあの樹海で1週間ぶりの探索……いわば"樹海制圧作戦"。
チェスの噂により自信を失いかけていた冒険者たちに再び緊張が走る。
作戦の詳細は不明だが、
ハイ・ラガードの冒険者として、ハイ・ラガードの世界樹を失うことは少なくとも今の人生を失うことと同じだ。
皆で力を合わせて戦う作戦なら、もちろん人手は多い方がいいだろう。
いま、冒険者のなかでは『チェスの噂によって逃げ出したい』と考える者と『世界樹と冒険者としての自分を取り戻したい』と考える者の二極に別れていた。
『──────っ。
ここにいる冒険者全員で力を合わせる……戦うわけですか。』
アサヤが緊張で唾を飲み込む。
『ここにいる冒険者のなかで"戦う覚悟のある奴"全員でね。』
アサヤの言葉にゼリーシュが吐き捨てるように応えた。
たしかに、さっきまで大の冒険者が集団でたかが噂に震えていたのだ。
あの光景を見た誰が、命を懸ける者がこのなかに居る、などと思うだろうか。
しかし命を懸けなければ真実はつかめないところまですでに来ている、というのも事実だった。
そんななかでもアサヤは当たり前、と言わんばかりに言い放ってみせる。
『わたしは世界樹の冒険者です。世界樹を取り戻せるのなら、もちろんやりますよ!』
不安を飲み込んで自分のなかの『冒険者』を奮い立たせた。
正直、まだ十代のアサヤにとって、たとえエースであろうと1週間のあいだ得体の知れないままだった"あの"樹海は恐怖のたまものだった。
世界樹について全く知らない新米のころとは違い、ある程度樹海の恐怖を知っている今の方がわかる。
しかし、仲間がいるならば。
『じゃあ、今度はゼリーシュがアサヤのお目付け役をする番だろう?』
そう言ってマドンヌがいたずらじみた目をゼリーシュに向けた。
今まで平常を保っていたゼリーシュの顔が驚きに染まり、一瞬目を見開く。
『ど────っ!?
あ、あたしが行ったって足手まといなだけだもの。余裕ぶっ扱いてるマドとは違うっての!!』
必死にマドンヌに食い下がる。
だがアサヤは真剣な目をゼリーシュに向けていた。
そしていつもの"お目付け役"アサヤが言う。
『先輩。いまが前の自分を取り戻すときです。命への心得、私たちと一緒に思い出しましょう…!』
"命への心得"
その言葉で毎日の赤ワインに浸る憂鬱が思い出される。
赤ワインを喉に流し込んでは戦いもせずに命について、言葉遊びを続けてきた。
アサヤに言われてきたことは全て真実だった。
本当は戦いたいこと。
昔よりはるかに弱い自分。
その現実から、世界樹からずっと逃げてきた。
いつでも樹海を思い描いた。
"命"を感じさせてくれるあの場所は尊かった。
────世界樹の迷宮がなくなってしまわないように、
『一緒に力を合わせましょう。』
アサヤが手を強く握る。
アサヤの目から命のたぎりが見えたような気がした。
マドンヌが口を開く。
『作戦内容が公開されなかったのは───、純粋に"ハイ・ラガードの冒険者として"の意識を確認したかったのだろう。
いまはみんな冒険者としての自分を失いかけてる。』
少し呆れたように小さなため息をつきながらマドンヌは周囲を見渡す。
しかし大公の言葉はよほど大きかったのだろう。いま、冒険者のなかでは幸い戦う決意を取り戻しつつある者もいた。
強い決意と淡い迷いがゼリーシュの中で混同する。
そんなゼリーシュを後押しするかのように、アサヤの上から、マドンヌがたくましい手で優しく握る。
二人の手が暖かかった。
自然と今回の作戦に対する決意が伝わってくる。
口を開くと断ってしまいそうだったのに、吐いた息にのって紡がれた言葉は正反対のものだった。
おそるおそるでながらも、なんとか言葉を続けた。
そして、長らく背を向けていた世界樹と弱々しくも向き合った。
自分を取り戻すために
『あたし………、』
人生を失わないために
『世界樹を失いたくない…』
だから
『命を、………懸けたい。』
全身で浸っていた赤ワインは引いてゆき、ゼリーシュは目を覚ました。