「じゃあ、またね」
先輩はちいさく手を振って、声の主のほうへと小走りでかけていく。次第に離れていく背中を、いつまでもぼんやりと眺めていた。やっぱりいつも通りだよなと、頭の中でさきほどのやり取りを反復しながら。
「はよ、圭介」
「あ、おう」
まるで右から左へと流れていくように聞こえた挨拶に、無意識で返事をする。声だけでそれは親友の修平のものだとわかる。半時遅れて声のしたほうへ視線をやると、見えたのは横顔。さっきまでおれの見ていた方へと視線を配っているようだ。にやりと意味深な笑みを浮かべた顔がこちらを向いた。視線が交わる。
「んだよ、また"紘奈センパイ"か」
「うっせ。おれの前で二度とその名前を出すな」
「うわ、機嫌わりー」
おれがどんな気持ちでいるかを分かっている癖に言ってくるからタチが悪い。自分が呼べないからって八つ当たりすんなよ、と隣でケラケラ笑う修平の首をとりあえず軽く絞めておいた。「ギブ、ギブ」という声すら浮ついているようで、余計にいらだちを覚えた。