銀月町冬祭り
□星が輝かない夜は
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元々、夜王・鳳仙が鎮座していたこの建物は多分・・・いや、見るまでもなくこの吉原で一番デカい。
その屋根。
即ち、吉原で最も高い場所に、力無く仰向けに横たわりどんよりと曇った空を眺めているのは、薄い金色の髪と額から頬にかけて刻まれた傷跡が特徴的な、それでもなお気高さと美しさを微塵も損なわない女。
この寒空の下、上着も羽織らずいつも着ている着物一枚で微動だにしない。
時折唇からもれる白い吐息がなければ、死んでいると勘違いしてもおかしくはない。
「なにしてんの」
「・・・銀時・・」
話しかけると、こちらを向かないままか細い声で返事をした。
「日輪さん、心配してたぜ」
もうとっくに日も暮れ、今は夜中。
多分、もう5、6時間はこうしているのだろう。
「・・・星を、見ていた」
とは言うが、空は今にも降り出しそうなほど曇り、星どころか月さえも見えない。
「星なんて「星を見ていた」
俺の言葉を強引に遮り、そう言いきった月詠の声は少しくぐもり、そして震えていた。
―――ああ、そうか。
たったこれだけのやりとりで、月詠の身に何があったのかをなんとなく察した銀時は、無表情のままふぅ、と息をつき月詠の左隣に座り込む。
すると、月詠はふいっと寝返りを打ち、こちらから顔が見えないように背を向けた。
冷たい夜風になびく金糸の髪を撫でつける。
「月詠、百華のやつらか?」
今日、強盗殺人があったと聞いた。
犯人グループは百華に捕らえられたが、犠牲者も数名出たそうだ。
「・・・・そうじゃ」
気づいていたか、と心の中でため息をつく。
「なんでこんなとこで・・・」
「ここが、吉原の中で最も空に近い・・・。皆、親も兄弟もいない。仲間以外誰が涙を流してやれるんじゃ・・・」
絹糸のように繊細で柔らかな月詠の髪は、いくら触っていても飽きない、極上の手触りだ。
「だからって、1人で泣くなよ」
髪を撫でる手を止めぬまま、慈しむように優しい声色で言う。
「こんな寒いとこで、涙凍らせて身体冷やして・・・。たった一人で、誰にも縋らねぇで声押し殺して泣くな」
月詠の頬に髪を触っていた手を当て、こっちを向かせる。
大きな瞳に涙を溜め赤く潤み、頬には幾つもの涙の跡がある。
「っ、・・・・」
「それに、ほら」
背と屋根の間に力強い腕が差し入れられ、ふわりと浮かぶ。
「2人の方が温けーだろうが」
じんわりと、むき出しのままで氷のように冷たい肩から銀時の手のひらの温もりが伝わる。
否、抱きしめられられたことにより、肩だけでなく全身が銀時の体温よって温まっていく。
次から次へと涙が溢れ、瞳の端から零れていった。
「・・・・っ」
心の底から、安心して全てを委ねることができる男の前ですら声ひとつ上げず、ただ、はらはらと涙を流し続けることしかできない女の背を、子供をあやすようにぽんぽんと撫でさする。
こんなに身体を冷やしてまで死んだ仲間の為に泣いてやれる、なんて。
相変わらず、どこまでも不器用で、誰よりも優しい女だ。
そう言ったら、こいつのことだ
「わっちは優しくなどない。当て付けがましいだけじゃ」
とか言うのだろう。
そしてその後、
「・・・あと、わっちはぬしが言うほど不器用ではないわ」
なんて拗ねたように言うのだろう。
想像してふッと笑い、泣き疲れて眠ってしまった月詠を抱き寄せ銀時も仰向けに屋根に倒れ込んだ―――――。
(月詠)
(空、晴れたぜ)