猫シリーズ

□吾輩は猫である
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…捨てられた。

そう気付いたのは
主人が吾輩を公園の
土管の奥に置いて
一刻してからだった。

いつもの日常。
の、筈だった。
本当は。

いつものように
公園に散歩に来て
吾輩は大好きな
土管の中で眠って
主人はその土管の上で
眠る筈だった。

ところがどうした
事だろうか。

主人は哀しそうに
顔を沈ませて
吾輩を優しく撫でると
そっと土管の奥へと
吾輩を押し込めた。
なんの遊びだろうと
ぼんやり思っていると
土管の傍にいた
主人の気配が消えた。

驚いて土管の入口に
駆け寄り覗き込むと
走り去っていく
主人の背中が見えた。
思わず一声鳴くと
主人の動きがビクリと
一瞬止まった。
しかし直ぐにまた
走り出して公園から
とうとう姿を消した。

一瞬の出来事だった。
吾輩はただぼんやりと
主人の事を思った。

またすぐに帰って
くる気がして、
ずっと待ち続けたが
夕暮れになっても
主人は戻らなかった。

(嗚呼、捨てられたのか)

そう分かると
苦しくて情けなくて
不安で寂しくて怖くて
吾輩は土管の奥へと
力無く引き返して
小さく丸くなった。

いつもぬくぬくと
暖かった土管の中が
ひんやりと冷たい。
非常に哀しくなって
吾輩は主人を呼んだ。
みゃあ、みゃあと。

自分の声が酷く
弱々しいのに気付いて
そういえば腹が
減ったな、と思い
余計悲しくなった。

ふと、人の気配を
土管の前に感じた。

まさかと思い
恐る恐る覗き込むと
そこには見知らぬ男が
一人吾輩を見ていた。

オールバックの黒髪に
左頬には傷跡、
最後に鋭い目付き。
いかにも危ない組織に
関わっていそうだ。
男前とは言うだろうが。

男は吾輩を暫く見ると
ふわりと笑った。
幻覚かと思ったが
やはり笑っている。

(…妖艶な)

男の笑顔に言うのは
可笑しいが本当にその
表情が妖艶で綺麗で
吾輩は呆然とした。
すると男はしゃがんで
吾輩を覗き込み、低く
優しい声色で言った。

「どうした、腹でも減ってるのか?」

なぜそれが分かる。
そう聞くと男は
目を細めて吾輩に
手を差し出してきた。
びくりとして思わず
後退りすれば男は
低く小さく笑った。

「怖くない」

まるで魔法だった。
その一言に心は
酷く掻き乱される。

(信じていいの、か)

自問自答。
ぼんやりそう思って
吾輩も笑った。

ぎこちなく触れた
大きな手のひらは
冷え性なのだろうか
酷く冷たかったが
その温度でさえ
吾輩にとっては
とても暖かなものだ。

男の腕の中から
見上げた夕暮れは
泣きたくなるほど
甘美なものだった。










吾輩は猫である

(出会いは感動的だが、こっからが問題なのだよ)










続く!
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