猫シリーズ

□バッドエンドの奇跡
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ここで暮らし始めてから
3日目の朝。

ジュー、と何かを焼く
美味しそうな音に
ふと目が覚めた。
ソファーから起き上がって
キッチンを覗いてみると
いつもは主人なのに
そこには政宗様がいた。

政宗様は制服姿に
黒いエプロンをして
口にこんがり焼けたパンを
もごもごさせながら
真剣に目玉焼きを作っている。
いつもは見れない表情だ。

政宗様は目玉焼きを
ウインナーとトーストが
乗った皿に盛り付けて
綺麗にラップをすると
我輩の目の前のテーブルに
ことり、と置いた。

「oh、我ながら良い出来映えだぜ。なあ、みたらし」

満足そうに政宗様は
我輩に笑いかけた。
確かに美味しそうだったので
にゃあ、と返事を返す。
政宗様は笑いながら
エプロンを脱ぎ捨てると
なにやら学生鞄を抱えて
ごそごそとし始めた。
それをぼんやりと見ながら
何故主人はいないのだろうと
一匹、考えていた。

「お、あったあった」

政宗様が鞄から嬉しそうに
出したのは真っ赤な首輪。
真ん中には大きな丸い鈴が
でてん!と付いている。
それを吾輩に有無を言わさず
素早く取り付けると
にんまりと笑った。
いつもの政宗様だった。

吾輩が首を振れば
それも揺れてチリンチリンと
響きの良い音を鳴らす。
少し重たいのが気になるが。

「あんまり揺らすなよ?映像が…いや、なんでもねえ。猫にも言わない方が良いよな…」

なにやら政宗様はブツブツと
言いながら悩んでいたが
時間が無いことに気付いて
慌てて鞄を肩にかけると
吾輩の頭を一撫でしてから
部屋を出ていった。

それにしても鈴が重たい。
首輪も少しだけ窮屈だ。
でも政宗様がくれたものだし
大切にしなければ。
吾輩は出来るだけ酷く
鈴を揺らさないようにして
ソファーから降りた。

その時政宗様と入れ替わる様に
寝室から主人が出てきたが、
その姿にギョッとした。
上にYシャツ一枚を
羽織っただけだったのだ。
吾輩はとっさの判断で
見てはいけないと主人から
顔を逸らしたのだった。

主人は虚ろな目をしつつ
フラフラした足取りで
「ズボンがねえ…」と
掠れた声で繰り返しながら
ベランダに歩いていった。

その際に主人からぽたりと
床になにかが落ちてきた。
白い…水?
吾輩は猫の性でそれを
ぺろりと舐めてみた。

「………に"…」

………苦い…まずい。
なんだこれは。
カルピスではないのか。
ヨーグルトではないのか。
ケフィアでしたとかいう
オチではないのか。
吾輩が困惑していると
ズボンを履いた主人が
血相を変えて吾輩を抱えた。

「こ、コラ!なんてもん舐めてんだ!ぺっ、しろ!ぺっ」

そんな器用な事出来ない。
それにもう飲み込んだ。
味が口の中に残って
ものすごく気持ち悪い。
口をもごもごさせていると
主人はキッチンへ走り
水を皿に入れて持ってきて
吾輩に飲ませた。

「ったく…」

水をふがふがと飲んでいる
吾輩を呆れて見ながら
主人も目を覚ましたようで
もう虚ろな目もしていない。
いつもの主人だ。

しかしやはりまだ
足取りは危なっかしい。
手で腰を押さえて痛そうに
眉をひそめている。
主人はフラフラしながらも
なんとかソファーにどさりと
腰かけて休憩していた。
吾輩もその横に座る。

すると目の前に置かれた
朝御飯に気付いて
主人は驚いて固まっていたが
暫くしてからそれは
とても柔らかいものになった。

「政宗様……」

今の二人を例えるなら
仲の良い夫婦。
主人の微笑みを見ながら
素直にそう思った。

主人は政宗様の作った
朝御飯を平らげると
ふと吾輩の首輪に気付いて
軽く首を傾げた。

「これ…政宗様が?」

問いに答えるように
チリンと鈴を鳴らせば
主人はなにやら難しい顔で
吾輩の首輪を見つめた。
あまりの真剣さに
緊張しながらも背筋を伸ばし
動かないように固まる。

そして次の瞬間、
主人のしかめっ面は
弾けるような笑顔へと
パッと変わった。
しかし吾輩は覚えている。
この笑顔はかなり、かなり
怒っている主人の顔だと。

主人は吾輩から首輪を外すと
鈴を真っ直ぐ睨み付けた。
それはもう、一般人で無くても
腰を抜かすほどに怖く。

「政宗様、そこで見ているのでしょう?この変態。みたらし使って盗撮なんてしてんじゃねえ。今日の夜………、分かってんだろうな?」

そしてまた笑顔を浮かべると
主人はその鈴を手で思い切り
握りしめ、潰した。
ばきょっ、めりめり。
鈴を潰している時の主人は
爽快感Get!と言いたげな
やりきった笑顔だった。

どうやら首輪の鈴には
盗撮カメラが組み込まれて
いたらしい。
仲の良い夫婦という単語を
吾輩は頭の中から消去した。






 
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