猫シリーズ

□やさしいふたり
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土曜日のぽかぽかした
温かいお昼の1時。
吾輩は主人の腕の中で
揺られながらウトウトと
まどろんでいた。
主人の隣を歩く政宗様が
昨日の傷を痛そうにしながら
のろのろ歩いている。

久し振りの外出。
向かうはペットショップ。
お目当てのものは首輪。
前の主人は首輪を買っては
くれなかったので
なんだか緊張する。

「Hey小十郎、迷子になったら大変だから手繋ごうぜ!恋人繋ぎなっ!」

「お一人でどうぞ。小十郎は歩き慣れておりますので迷子になるなど有り得ません」

人混みの中を歩きながら
二人はいつもと同じ調子で
会話を繰り返している。
今日も平和だ。

「んだよ、冷てぇな。………Ah?」

吾輩の視界の隅で
政宗様は唇を尖らせていたが
ふと何かに目をつけたらしく
フラフラ〜っとそっちに
向かって行ってしまった。
人混みに消えていく政宗様に
慌てて吾輩は主人に
鳴いて訴えかけたが
既に政宗様の姿は無かった。

「いつもの事だ。すぐに戻ってくる」

しかしそれはよくある事らしく
主人は黙々と歩を進めた。
その時に吾輩は気付いた。
主人とすれ違う女がほとんど
振り返ることを。
主人は893顔で強面だが
男前で体つきも良い。
女から見たらどう見ても
魅力的な見た目だ。
しかも猫というよく分からない
オプション付きである。
振り返りたくもなるだろう。

声をかけようか否か
主人の後ろで騒いでいる
女子高生もいる。
この男前が沢山の男に
尻を狙われ押し倒され
鳴かされているのも知らず。
…なんと哀れな。

吾輩が心の中で嘆いていると
なにも知らない主人は
ある店の前で足を止めた。
『毛利ペットショップ』と
看板に太く書かれているが
店はレストランのような
洒落た雰囲気をしている。

主人が店に入ると
ドアの飾りからカラランと
綺麗な音が響いた。
店の中もやはり落ち着いた
シンプルな作りで
ピアノの音楽が流れている。

「片倉か」

店の奥から凛と響いた声に
主人は苦笑いを浮かべた。

「相変わらずいらっしゃいませも言わねえんだな、毛利」

「ふん、貴様に言うまでもない」

レジの机に退屈そうに
項垂れながら女のような
顔をした"毛利"は言った。
切れ長な目がふと吾輩を見て
思わずびくりとした。
しかしその視線はすぐに
主人へと戻っていった。

「また拾ったのか」

「ああ、捨てられてた」

「貴様はいつも用も無しに来店してきて面倒だったが、そういう事なら良いだろう」

「すまねえな」

毛利はだるそうに椅子から
ゆっくり立ち上がり
緑のエプロンを着ると、
吾輩に近付きしゃがみこんで
優しい手つきで首や頭を
撫でてきた。

最初は鋭かった目付きが
今はとても柔らかい。
やはりここはペットショップで
毛利はその店員なのだ。
動物が嫌いな訳がない。
全く、主人もこの男も…
人は見かけによらない。

ゴロゴロ喉を鳴らせば
毛利は薄く笑んで
吾輩を抱き抱えた。

「可愛いな」

「だろ?」

「名前はなんだ」

「みたらし」

「…真田が付けたのか」

「ああ」

「奴は一度絞めておかねば。ウチの動物達にも変な名前ばかり付けては逃げるからな」

「そうか?俺は良いと思うんだがな…。兎の"ずんだ"とか」

「貴様…売ってやらんぞ」

「な、なんでだよ!」

わいわいと騒ぐ二人に
この二人は意外と
気が合うのだなと思った。

「で、何を買いにきたんだ」

「首輪」

「こっちだ。着いてこい」

毛利は吾輩を抱えたまま
店内を歩いていき、
いわゆる首輪コーナーへ
主人を案内した。
やはり優しいのだな。

ずらりと並んだ首輪を
目を回しながら見つめる。
沢山の色があって眩しい。
主人も選びきれないらしく
眉を寄せている。
そんな様子に毛利は
小さく溜め息を吐いて
吾輩を床に下ろすと
赤い首輪を適当に取り
それを主人に突き出した。

「選べないのならコレにするがいい」

「……なんで赤なんだ」

「一番人気だからだ。昨日も元親がこれを買っていったぞ」

「元親が?アイツなんか飼ってたか?」

「さあな。よく分からんが盗撮を協力するだとかなんとか言っていた」

「………」

なんということだろう。
その元親とやらが昨日の
盗撮事件の黒幕らしい。
主人も吾輩も心当たりが
ありすぎて思わず
黙り込み固まった。
それを不思議そうに見ながらも
毛利は赤い首輪を持って
レジに向かってしまった。

「500円だ」

「安くないか?」

「50%オフ。今決めた」

「おいおい、お前只でさえ学校の学費とかで苦しいのに良いのか」

「気にするな。奨学金を貰っているし昨日元親が買うときは50%アップさせた」

「……そうか」

昨日のこともあるから
あまり吾輩も主人も元親に
同情しなかった。





 
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