猫シリーズ

□未だに雨は止まぬ
1ページ/2ページ




嗚呼、あんなに昼間は
晴れていたのに。
何度その言葉を
繰り返したか分からない。

闇に包まれた空に
雨が強く降っている様を
吾輩はカーテンの隙間に
顔を突っ込んで見ていた。

「雨、止まねえな」

後ろのキッチンで
今日政宗様が買ってくれた
道具を引き出しに入れながら
主人が呟く。
その言葉に小さく頷くと
湿ったガラスに押し付けていた
吾輩の額がキュッと鳴った。

政宗様はプロポーズ中に
ネギで殴られたことを
酷く拗ねているようで
いつもより早く寝てしまった。
まあ明日には戻るだろう。

道具を仕舞い終わった主人が
ふう、と溜め息を吐きながら
ソファーにぼふんと座る。
吾輩もそちらに歩いていき
主人の膝に飛び乗った。
くすりと主人は小さく笑い
吾輩を抱き上げる。

「お前はほんとに可愛いな」

吾輩は主人の方が
可愛いと思うぞ。
そんな意味を込めて主人の
頬に手の平を押し付けて
ぷにぷにとしてみる。
その瞬間主人は顔を赤くして
驚いていたが次には幸せそうに
口許をやんわりと緩くした。
ああ、やはり主人は可愛い。

なご〜、と鳴きながら
更に両手を伸ばして
肉球でふにふにふにふに。

「…幸せ」

うっとりしながら
そう呟いた主人は
本当に幸せそうだった。
流石、猫バカである。
この人に拾われて良かった。
心からそう思った。

ふと吾輩の額に主人が
口付けてきて目の前に
主人の首筋が覗く。
その首筋にすりすりと
擦り寄ってみると
シャンプーの良い匂いがした。

「ふ、くはは…っみたらし、くすぐってえ」

おお、笑った。
主人が笑ってくれたのが
嬉しくなって舌を伸ばして
もっとくすぐろうとした。

「ははっ……うあっ!?」

「にっ!?」

しかしぺろりと舐めた瞬間
主人が悲鳴を上げて
びくんと揺れたものだから
驚いて吾輩も飛び上がる。
暫くの間、お互いに
固まってしまった。

「………」

主人が真っ赤になって
ずっと首を押さえている。
なにか、まずっただろうか。
心配になって「にゃう」と
呼び掛けてみると
またびくりと主人が震えて
そっと吾輩を見た。

「……悪い」

なぜ謝るのか分からないが
色々まずかったらしい。
吾輩もまだ心臓が
どきどきと脈打っている。
主人が黙り込んでしまって
なんだか落ち着かない。

思わず部屋中をうろうろと
歩き回っていると
寝室の前を歩いた瞬間に
ドアがスッと開き中から
手が延びてきたと思えば
勢いよく引きずり込まれた。

驚いて目を回していると
目の前に政宗様がいた。
なぜか片手にはカメラを持って
鼻からいつか見たような
赤い液体を流している。
大丈夫だろうか。
というか寝ていたのでは
なかったのか。

ぼんやり考えていると
政宗様は吾輩の首輪の中に
指を突っ込んでぐいっと
引き寄せてきた。
……苦しいのだが。

「おいコラみたらし。小十郎が猫と戯れるmovieが撮れたのは感謝する。でもな、あの首筋舐めて良いのは俺だけなんだよ。そんで小十郎が感じていいのも俺の愛撫だけ。あと小十郎にデコチューされていいのも俺だけ。you see?」

よく分からないが
政宗様が怒っているのは
よく分かった。
猫に怒るぐらいだから
よっぽどのことだろう。
でも何故怒っているのだろう。
…とりあえず頷いておこう。

それを見て政宗様は
よし、と頷き返すと
吾輩の頭を一度撫でて
部屋から出してくれた。
一体なんだったのか。
むーびーとかでこちゅーとか
ゆーしーとか言っていたが…
人間の言葉は難しいな。

リビングでは未だに
主人がぼんやりとしながら
首を押さえていた。
その顔がなんだか
泣き出しそうな気がした。
吾輩にはその表情がなんなのか
分からない、何も。













未だに雨は止まぬ

(そんな不思議な夜だった)














後書き→
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ