猫シリーズ

□不覚にもときめいた
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「いってきまーす」

「いってらっしゃいませ。車と変態に気を付けて下さいね」

「小十郎もな〜」

月曜日。
また新たな一週間が始まる。
政宗様は主人に
『いってきますのチュウ』を
無理矢理させて晴れやかな
笑顔で玄関を出ていった。
吾輩はまだ眠たくて
日溜まりの中でごろごろと
寝転び、まどろんでいた。

「さてと…」

主人は政宗様を見送ると
機嫌が良いのか
鼻歌なんかを歌いながら
いつものようにベランダへと
洗濯物を干しに行った。
きっと昨日の輝宗様が
関係している。
対して政宗様は死んだような
顔になっていたが何故だろう。

そんなことを考えていれば
ベランダの方から「ぎゃ!」と
主人の短い悲鳴がした。
想像は大体ついていたが
のんびりと起き上がって
部屋に顔を出してみれば
やはり主人がお隣さんと
ぎゃあぎゃあ掴み合っていた。

「猿飛っ!いい加減玄関から入らねえか!」

「だって玄関からじゃあ入れてくれないじゃないの!」

「当たり前だ!」

「矛盾反対!」

そんな会話を聞きながら
今日も平和だな、なんて
ぼんやり思うのだった。
のほほん。

ぴんぽーん

そんな時、いきなり
チャイムが鳴った。
主人と佐助はぴたりと止まり
お互いに数秒見つめ合うと
佐助はどうぞどうぞと
言わんばかりに主人から退いて
主人は早足で玄関に
向かっていった。
暗黙のルールというやつか。

「片倉さーん?宅配便でーす」

「はい!」

主人が慌ただしく
玄関に走るのを見ていると
「にゃんこ」と佐助に
呼ばれて振り返る。
手を招かれたので佐助の
足の間に寝転がった。
懐かしい香りがする。

「どう?『みたらし』の生活には慣れた感じ?」

「うにゃ」

「はは、そりゃ良かったね」

頭を撫でる手が心地好くて
また眠ってしまいそうだ。
目を細めてウトウトしていると小さな箱を片手に主人が
玄関から戻ってきた。

「なにそれ?」

「さあな…」

「さあなって、頼んだ覚えないの?」

「…政宗様が頼んだものかもしれねえ」

「竜の旦那が…ねえ」

佐助は床に置かれた箱を
まじまじと見た後に
おもむろに開き始めた。

「お、おい!勝手に開けるな!」

「いいじゃん別に。竜の旦那が変なもん買ってたらどうすんの?それ使われるの小十郎さんだよ?」

「うっ…」

吾輩にはなんのことやら
全く分からなかったが
佐助の言葉に主人は
言葉に詰まって俯いた。
それを満足そうに見ながら
佐助は再び箱を開いていく。
そしてその中にあったのは
指輪より少し大きな
黒色の輪っかだった。

「…なんだこれは」

主人はそれを手に取って
色んな角度から見てみるが
全く分からないらしい。

「あ、説明書があるよ」

佐助は箱の中から
小さな紙を発見して
ふむふむと読み終わると
吾輩を見下ろした。

「どうやら、にゃんこの腕輪みたいだね」

「猫の腕輪なんて聞いたことないぞ」

「ん〜…まあ、ペットが服を着る時代だしあってもおかしくはないんじゃない?」

主人はまだ怪しがっていたが
佐助はお構いなしにそれを
吾輩の手首に通した。
その腕輪はブカブカだったが
吾輩の手首の位置で
キュッと大きさが縮んで
丁度良くなった。

「へえ、最近の腕輪って凄いねえ」

「そうだな」

主人と佐助の視線が
手首に注がれる中で
吾輩はまた眠たくなったので
ゆっくりと瞼を閉じた。
しかし、それは叶わなかった。

どくり、

腕輪のついた手首が熱い。
まるで腕輪から大量の血液が
流れてくるかのように熱い。
心臓が脈打っている。
その熱さはあっという間に
体中を駆け巡って
吾輩の意識は朦朧とした。

「にゃ…」

死んでしまうと思った。
吾輩は咄嗟に主人を呼んだ。
主人、主人、主人。
どうせ死んでしまうなら
主人の腕の中がいい。
吾輩はフラフラとしながらも
主人の足にもたれこんだ。

「…みたらし?」

あまりにもぐったりとした
様子に主人は気付いて
慌てて吾輩を腕に抱えた。

「みたらし…っ!?」

力が入らない。
主人の声が遠い。
なのに熱は増すばかりだ。

「ちょっ…どうしたの、にゃんこ!」

「分からねえ…体温がかなり高い…っ」

「俺様、毛利の旦那に電話してみる!」

佐助は慌てて携帯を取り出し
毛利に電話をかけた。
その間、主人はずっと
吾輩を泣き出しそうにしながら
頭を撫でていてくれた。
腕輪を外そうともしたが
ぴったりとしたサイズのそれは
外れてはくれなかった。

「大丈夫だ、みたらし…大丈夫だからな…っ」

主人の震えた声に
吾輩は小さく頷いた。
しかし体は燃えるように熱く
どうしようもない。

「もしもし!毛利の旦那!?実はみたらしが変な腕輪着けた瞬間いきなり倒れちゃって…うん、しかも高熱でさ、」

佐助の声も遠い。
頭の中で反響している。
嗚呼、もう…駄目、だ。
意識を飛ばしかけた
その瞬間だった。




 
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