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「わ…、悪い…っ!」

慌てて自身を抜き取り
綱元から離れた。
しかし綱元は唇の血を拭い
やはり無表情に服を整えて
俺が終わらせた資料を持つと
「失礼いたします」と言い
部屋を出ていこうとした。

「おいっ!待てって!」

それを急いで引き留めると
綱元はゆったりとした
動作で振り返る。

「…なにか?」

「なにかってお前…っ、嫌じゃねえのかよ!こんな…無理矢理、男に乱暴に抱かれて!」

「小十郎の代わりに私を抱いたのでしょう?それで貴方の気が済み、仕事をして頂けるのなら私は本望でございます」

「違っ…」

「なにが違うのです?私は小十郎と異兄弟です。私を抱けば、小十郎を抱いたという錯覚が出来るでしょう」

確かにそうだった。
綱元は小十郎に似ている所が
たくさん有る。
でも、違うんだ。
こんなの、酷すぎるだろ。

なんでお前はそんなに
無表情で受け入れるんだ。
哀しくないのか?
怒りが沸かないのか?
慣れているのか?
誰かの代わりに抱かれるなんて
苦痛以外の何者でもないだろ。

「それでは、仕事が溜まってしまいますので」

綱元は俺に軽く頭を下げると
部屋を出ていった。
綱元の足元には俺のであろう
白濁が伝い落ちていた。
暫く呆然とそれを眺めて、
慌てて廊下に飛び出したが
もう綱元の姿は無かった。

「…なにしてんだよ、俺」

残ったのはただならぬ
後悔だけだった。



―――――――――――…



綱元の様子がおかしい。
そう気付いたのは綱元の部屋に
夕御飯を運んだ時だった。
いつもキッチリ閉められた
襖は全開に開かれていて
机に向かった綱元の手は
筆を握っているものの、
一向に動く気配がない。

「綱元」

驚かせてしまわないように
そっと弟の名前を呼ぶ。
しかし返事はない。
庭でりんりんと鈴虫が
哀しげに鳴いている。

「綱元」

「…姉、上」

二回目で漸く気付いた。
こちらを振り向いた綱元は
どこか虚ろだった。
いつもの凛とした眼差しの
面影も見当たらない。
よく見れば口許が腫れて
痣になってしまっている。

「…なにか、あったの」

「いえ、なにも」

「その痣は、」

「…転びました」

「そう…、」

そんな訳がないと
分かっていた。
思い切り殴られでもしないと
こんなに酷くはならない。
でも、これ以上は聞けない。
聞かないでくださいと
綱元の目が訴えるから。

「ちゃんと手当て、しなさいね」

「はい、姉上」

綱元は薄く微笑んだが
なんだか見ていられなくて
私は曖昧に笑いかけて
早足に廊下を戻った。



―――――――――――…



嗚呼、合わす顔がない。

結局一睡も出来なくて
綱元のことが頭から
離れてくれなかった。

無表情な顔。
怪訝そうな顔。
痛みに歪む顔。
鋭い眼光。
汗が伝う背中。
噛み締められた唇。
全てが俺を惑わせて
俺を昂らせた。

小十郎の代わり?
だから興奮した?
いや、違う。
綱元を抱いた時に感じた
あの感情はそんなんじゃない。

未だに綱元のあんな姿を
思い出すと心臓が速くなる。
その度に熱が下半身に
集まるのが分かる。
また抱きたい…なんて。

(綱元相手に欲情、かよ)

どうかしてる。
確かに綱元は小十郎似で
綺麗な顔立ちもしているが
どうにも好きには
なれなかったのだ。

昔から梵のお世話役が
小十郎だったように
俺のお世話役は綱元で
感情豊かで表情も豊かな
小十郎に対して綱元は
いつも無表情、無関心。
怒った時は怒鳴るのではなく
淡々と言葉で追い詰める様な
そんな奴だった。

つまらない。
騒いでふざけてる方が
楽しい俺にとって綱元は
非常につまらなかった。
だから梵が羨ましかった。
真っ直ぐ気持ちで梵を
真剣に怒鳴る小十郎が
とても輝いて見えた。

そんな特になにもない
関係が続き、昨日。
小十郎が手に入らない
腹いせに綱元を抱いた。
それも、無理矢理に。
なのに綱元はこれで俺の
気が済むならと言った。

気に入らない。
どこまでも気に入らない。
アイツは人に甘えたり
したことがあるのか。
泣きついたりしないのか。

「……ハァ…」

もう、分かんねえよ…
昔から一緒にいたはずなのに
俺はアイツのことを
半分も知らない。
どうすればいいのか
全く分からない。

「くそ…」

未だに布団にくるまったまま
俺は溜め息を吐いた。
もう外は明るい。
いつもならもうすでに
仕事をしている時間だが
どうにもやる気が出ない。
すると廊下から聞き慣れた
ゆったりとした足音。
まさか、と思えば次には
障子がゆっくり開かれた。

「おはようございます、成実様」

綱元だった。
いつもと同じ表情で
昨日の事が夢だったように
平然とそこに綱元はいた。




 
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