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□君に感情をあげる
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今、俺様の足元に
転がる身体が一つ。
奥州の若き独眼竜。
すでに息絶えたその身体は
ぴくりとも動かない。

「なんだ、案外楽勝じゃん」

俺様は赤にまみれた
蒼い竜を鼻で笑い呟いた。
嗚呼、清々する。
やっとアンタを殺せた。
あの人を独り占めして
いきがっていたアンタを。

優越感に浸っていたが、
ふと、この竜が息を
引き取る直前を思いだし
思わず舌打ちをした。

『小十郎、小十郎、小十郎』

うわごとのように
そう繰り返し呟いていた。
最後の最後まで。
なにもない空間を見つめて
愛しそうに微笑んで。
その目は死んでおらずに
小さな光を灯していた。

「……気に入らないなぁ」

俺様は冷たい目で
息絶えた竜を見下ろした。
あの人を独占するな。
あの人の名を呼ぶな。
あの人は俺様のものだ。

「…まあ、もう関係ないけど」

独眼竜は殺した。
残るのはその右目。
俺様の大事な愛しい人。
あの人は独眼竜には
勿体ない存在だ。
俺様のものなんだ。

ガシャン!

突然真後ろで茶碗が
割れる音がした。
最初は女中かと思ったが
気配で誰か分かった。

「勝手にお邪魔してるよ、右目の旦那」

「さる、と…び…?」

開けっ放しにしていた
襖の真ん中でわなわなと
震えている竜の右目。
落とした茶碗は派手に割れて
お茶が水溜まりになる。
あ〜あ、勿体ないな。

小十郎さんの目は
返り血にまみれた俺様を
ぎこちなく見つめた後に
俺様の足元に転がった
独眼竜に視線を向けた。
スッとその目が見開いて
唇がぱくぱくと開閉する。

政宗様、政宗様、政宗様。
アンタも独眼竜と
同じことを言うんだね。
そりゃあそうか。
ショックだよね。

なんて他人事のように
ぼんやり思っていると
小十郎さんがとうとう
俺様を押しどけて
竜の旦那を抱え起こす。
手や服が汚れるのも
一切気にせずに。

「嘘、だ…っ」

息絶えているのが分かると
小十郎さんは嘘だ夢だと
震える声で繰り返しながら
独眼竜を抱き締めた。
その背中を見つめながら
俺様は心が冷たく
なっていくのが分かった。

どんなに残虐に殺しても
感情など持ってはいけない。
自分を殺して感情を殺して
やっと食えるようになる。
それが忍の世界。
それが忍の心。

しかし、独眼竜を殺せと
命令が下った時に
俺様に感情が芽生えた。
それはもう独眼竜が
力尽きてからもずっと。

独眼竜に対する嫉妬。
独眼竜を殺せた優越感。
そしてその右目に対する
濁った複雑な感情。
罪悪感にも似たそれは
クナイのような鋭い
狂気を放っていた。
忍の冷静さは時に
酷く狂っている。

俺様は呆然とする小十郎さんの
横腹に重たい蹴りを入れた。
小十郎さんは壁に強く
打ち付けられて
受け身もできずにその場に
身体を丸くして踞る。

間髪入れずに乱暴に
その頭を掴んで引き寄せると
涙に濡れて濁った目が
俺様をゆっくり見上げた。
それは生気を失っていた。
俺様はニヤリと笑って
小十郎さんに呟いた。

「もうアンタは俺様だけのものだ」

そう、もう小十郎さんは
竜の右目ではない。
竜が死ねばその右目は
腐っていくだけ。

「猿飛…」

なんで………?
声は出ていなかったが
小十郎さんは震えながら
確かにそう言った。
なんで政宗様を殺したんだ。
そう言いたいのだろう。

それ以上小十郎さんが
なにか言わないように
俺様はその唇を奪った。
かすかに血の味がするそれは
小刻みに震えていた。

頬を伝ったのは
一体どちらの涙か。












君に感情をあげる

(もう手遅れ、だよ)












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