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□ひとりよがり
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今日も今日とて、
バイト日和。

「伊達〜」

梯子に腰を降ろして、
楽譜のぎっしり詰まった
本棚を整頓していると
下から間延びした声が響く。
ちらりと見下ろすと、
普段は背的にも関係的にも
俺を見下ろしている店長が
楽譜片手にこっちを
大きく見上げている。

ああ、今日も可愛いな。
こんな体つきの良い
強面の男を可愛いなんて
思うのはおかしいが、
可愛いもんはしょうがない。
ニヤける口許を我慢しながら
俺は店長に首を傾げた。

「どうしたんスか?」

「これもよろしく頼む。新しく買った楽譜だ」

10冊はあるであろう楽譜を
店長は俺に向かって
両手で高々と掲げてみせる。
それを受け取ろうと
手を伸ばそうとしたが
店長の腕がぷるぷると
震えていることに気付いて
なんだか虐めたくなる。

「そういえば店長、昔結構有名なトランペッターだったらしいですね」

「…それがなんだ」

「いや、一回聞いてみたいと思って」

「今と昔じゃあ音が違うから下手くそだぞ。っそれよりも、」

「俺も家に1つサックスあるんですけど全然吹かないんスよね〜」

「…っ伊達」

「実は俺の親父も結構有名な音楽家で〜、」

「うっ、く…」

あ、すげえぷるぷるしてる。
一度降ろせばいいのに。
店長はなかなか受け取らずに
べらべらと話し続ける俺を
目元を赤くして睨みながらも
健気に分厚い楽譜を
ずっと持ち上げている。
ほんっと、可愛いな。

「伊達…早く、入れろ…!」

あ、今のすげえ良い。
店長は楽譜を早く本棚に
入れろと言ったのだが
俺の頭の中ではピンク色な
言葉に変換されてしまう。
録音しとけばよかった。

店長が涙目になってきて
流石に可哀想になったので
俺はやっとそれを受け取った。
ずしり、と予想以上に
重たいそれを1つ1つ
本棚に綺麗に並べていく。

その下では店長が
息を荒くしながら
痛めたのか、手首や腕を
ぶらぶらとさせている。
こんな小さなしぐささえも
たまらなく愛しい。

「店長」

「ん?」

「気が向いたらでいいですから、マジでトランペット吹いてくれません?」

「…じゃあ俺はお前のサックスの音が聞きたい」

「俺が吹いたら、吹いてくれる?」

「ああ、約束だ」

そう言って店長は
優しく笑ってみせた。
それを見てアンタはまだ
俺に脈なしだと思った。
でも、不思議と焦りはない。

「(ぜってぇ、落としてやる)」

今、この時が
出発地点。
まだまだ道は長い。















(それでもいいから、)















 
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