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□いっそのこと嫌ってよ
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今日もアンタは、
こんな真夜中にそんな場所で
ひとりだけで蹲ってる。
なにを考えてるの?
なにを思ってるの?

情報収集の為に奥州を
真夜中にぐるりと回れば
いつも竜の右目は
同じ場所に蹲っている。
人が来ないような林の中。
最初は興味本意でその様子を
観察していたが、
泣いていると分かった時には
度肝を抜かれた。

そしてほっとけなくて
声をかけてしまう、今日も。

「…ま〜た泣いてんの」

「猿、飛」

こっちを見上げた顔は
今にも大声で泣き出しそう。
声が酷く震えている。
ああ、今日のは酷いな。
俺様は溜め息を吐いて
その隣に胡座をかいて座る。

「で、どしたの」

「…」

優しく問えば小十郎さんは
ずずっと鼻をすすり
小さく息を詰めた。
言いたくないのかな。

よく見れば小十郎さんは
武装ではなく着流しだった。
それに反して俺様は
ちゃっかりと武装しているし
武器も捨てるほどある。
今なら容易く敵国の重臣を
殺せるだろう。

なのにそんな気持ちが
湧いてこないのは、
どうしてなんだろう。
小十郎さんも最初は
警戒していたものの
今はそれさえもしてこない。
信頼?自信?余裕?安心?
妙な関係だと俺様は
苦笑いを浮かべた。
その時、小十郎さんが
やっと口を開いた。

「っ政宗様、が」

「竜の旦那、が?」

「今頃…情事、酷くて」

ああ、なるほど。
小十郎さんの白い手首が
月明かりに照らされて
うっすらと見える痣や縄の跡。
きっと布に隠された体にも
数え切れない程あるだろう。
なんだかやりきれなくなって
そっとその手首を掴む。

「っ」

「大丈夫、なんもしないから。だから薬だけ塗らせて」

びくっと震えた小十郎さんを
安心させながら俺様特製の
薬を手首に擦り付けていく。
小十郎さんは大人しく
それをじっと見ていた。

「すまねえ、な」

「いいって」

「…猿飛」

「ん?…ぬえっ!?」

ぎゅ、と突然抱き締められて
喉から変な悲鳴が上がった。
その時ふわりと香ったのは
かすかな情事の香りと
竜の旦那の匂いだった。

「ありがとな」

泣いたばかりでいつもより
高くて掠れた声に
どくりと心臓が跳ねる。
ポカンと固まる俺様から
するりと小十郎さんは離れると
泣き顔のまま柔らかく笑った。

その瞬間、落ちた。
俺様の中で忘れかけていた
感情が顔を出したのだ。
驚いて胸元を慌てて掴む。
まさか、そんな馬鹿な。

「じゃあ、またな」

大混乱している俺様を置いて
あっさりと体を翻してしまった
小十郎さんの顔はもう
暗闇では見えなかった。

嗚呼、と俺様は震える声で
小さく返すしかなかった。











いっそのこと
嫌ってよ


(落ちたのは、恋だった)















 
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