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□どんな魔法使ったの?
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ああ、まただ。
大根を切る手を一瞬止めて
深く溜め息を吐く。

自分の背中に注がれる
熱い視線。
背中、と言うよりも
項や腰や尻と言った方が
妥当かもしれない。

ああ、落ち着かない。
ムズムズする。
料理に集中できない。

基信様だろうか。
輝宗様だろうか。
はたまた成実だろうか。
今までの経験からすると
この3人の誰かだろう。

特に基信様は毎日のように
尻を触ってくるわ
いやらしい目で見てくるわ
気分の良いものではない。
成実はまだ可愛いものだ。
無意識に胸を見つめては
ハッとしたように赤面して
慌てて逃げていく。
微笑ましい、と思う。

トントントントン、と
大根を切る音だけが
調理場に響く。
相変わらず嫌な視線は
体にへばりついたままだ。
気配はあるというのに、
声をかけてこない。

だんだんと苛々としてきて
大根を切る包丁にも
つい力が籠る。

ざくっ

「っ―――!」

勢いで指を切ってしまった。
じわじわと滲み出てくる
赤い液体を見つめながらも
やはり視線は背中に
感じたままで。
もう我慢ならない。

基信様だったら
グーで殴ってやろう。
輝宗様だったら
蹴りを入れてやろう。
成実だったなら
少し叱ってやろう。
そう決心をして思いっきり
後ろを振り返った。

しかし、そこにいたのは
予想を大きく外れた
人物であった。

「おおっ、やっとこっち向いたー」

「…愛姫様」

椅子にちょこんと座るは
政宗様の正室である
愛姫様であった。
愛らしい顔立ちのそれを
柔らかく綻ばせて
愛姫様は緩く手を振った。

私はなんだか脱力するのを
感じつつもやんわりと
彼女に笑い返した。
あの視線は思い過ごしか。

しかし、そんな考えは
一瞬で切り捨てられた。

「喜多ってさ、」

「はい」

「良い体してるよねー」

「………はい?」

目眩を感じた。
一瞬意味が分からなくて
思考が止まる。

そんな間も愛姫様は
なに食わぬ様子で立ち上がり
私のもとへトコトコと
歩み寄ってきた。
そして動揺する私のことも
お構い無しに私を
前から思い切り抱き締めた。

「っめ、愛姫様!?」

「ちょいと失礼」

「何を…ひゃっ!?」

むに。
愛姫様はあろうことか
私の尻を両手で揉み上げ
胸にぐいと顔を押し付けた。

「なっ…なな、な」

「わー、やっぱ思った通り。やわらかー」

「そんな所で喋らないでください!」

もうなにがなんだか分からず
とにかく恥ずかしすぎて
泣きそうだった。
ひくひくと肩を震わせて
羞恥に耐えていると
胸から顔を上げた愛姫様が
にっこりと笑った。

「ふふ、かわいい」

そして先程切ってしまった
指先を口に含んで
舌で傷を舐められる。

「んんぅっ…!」

「やらしー声…」

舌の感触と小さな痛みに
変な声が絞り出される。
それを聞いて愛姫様が
また嬉しそうに笑う。
その妖しい笑顔に心臓が
跳ねるのが分かる。

愛姫様は指を一舐めして
口を離すと私の首筋に
舌を伸ばして
ちぅ、と口付けを残す。
気付けば尻を揉んでいた手が
帯を解こうとしていた。

ああ、駄目だ、駄目だ。
これ以上進んだら
大変なことになる気がする。

「愛姫様…っ、どうか、お許しを…!」

「やだ」

「お願いですからぁ…っ!」

「好きよ、喜多」

「っ!」

突然の告白に
もう頭が回らない。
するり、と愛姫様の細い指が
着物の隙間に入り込んだ。
その瞬間―――

がつん。

「なに羨ましい事してんだ、この痴女が」

「いったあー!」

勢いよく踞った愛姫様の
後ろには政宗様が
まな板を片手に立っていた。

「政宗様…!」

「ったく、いきなり居なくなったと思えば…。わりぃな、喜多」

「い、いえ」

愛姫様はまな板でしばかれた
頭を痛そうにしながらも
バッと立ち上がると
私の肩に両手を置き、
ぐいっと強く引っ張られた。

次の瞬間には目の前に
愛姫様の長い睫毛があって。
ふわりと桜のような
甘い香りがした。

「…は、」

唇が離れて唖然とする。
愛姫様の後ろでは
政宗様が苦笑いを浮かべて
視線を泳がせている。

「喜多」

力強い、愛姫様の声が
私の名前を呼んだ。
合わせてしまった瞳は
大きくて酷く綺麗で華やかで
思わず後悔した。

「…ねえ、喜多」
















どんな魔法使ったの?

(私をこんなに夢中に
させるなんて!)

















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