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「気になることがいくつかあります。」

そう言って昌浩は、早苗ともののけにだけ聞こえるくらいに声をひそめた。
ここは東三条邸。政権を握る道長の屋敷だ。
貴族たちの出入りも激しい。

そんな場所で大きな声で妖怪の話、しかも彰子姫にかかわる話をしていればたちまち道長の耳にも入る。


「雑鬼たちや百鬼夜行たちから聞いた話だと、近頃貴船の山で丑の刻参りをしていると。」
貴船に響くという針の音をたくさんの妖が聞いている。
姿を見たものは、それは恐ろしい鬼女であったと…
「貴船の神がいらっしゃるのに…」
「まあ、あそこは丑の刻参りをするには人の気配もない場所だからなあ。」



「あと他にも、右京の方で最近妖怪が多いとか。」
右京と言えば、圭子姫が暮らす邸も右京にある。
「圭子さまを見たという者はいないの?」
「いえ…雑鬼たちも自分の身を守るのが第一なので、最近は寄っていないと。」
東三条邸で暮らす早苗には縁遠い話がたくさん出てきた。
意外と夜の都には妖怪が多いらしい。

昼間に庭で雑鬼たちが走っていくのを見かけることはあるのだが、雑鬼たちは悪戯はしても悪意をこちらに向けることはない。
彰子姫もたまに見かけては、早苗にあれは何だと聞いてきたが、正体を知るとおもしろそうに眺めていた。


「気になるわね。昌浩、気を付けて行きなさい。」
「はい、姉上も。無理しないで下さいよ。」
そう言って駆けていく弟の背中を見送りながら早苗はつぶやく。
「私も…あんな風に。」
だがそのつぶやきは誰に聞こえることもなく風がさらっていくのであった。





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