BBハザジン小説

□ヴァンパイアーズ@
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夜ごと空が宵闇に沈んでから、きらびやかな夜会は行われる。
貴族と呼ばれる富裕層は、明日の食べ物にすら困る者達を知るよしもなく、着飾り、自らの欲を満たすために自慢話を披露し、異性に求愛していた。見も知らぬ者達をヒールで踏み付け成り立つ生活を当然と受け止めて、光の満ちた贅沢な空間を忙しなく行き交う様は、優雅な蝶というよりは毒々しい色彩を持つ蛾に似ている。
毎夜開かれる張りぼてのような豪華絢爛な夜会に、ハザマは細い眼を更に細めていた。警備の為に周囲の様子を窺いつつも、抑え切れない不快感に纏う空気は刺々しくなる一方で、本人もそれを本気で押さえ込む気はあまりなかった。
何故なら、刃のような殺意を纏っていても、この場にいる人間は誰ひとりとして気付かないからだ。刃物の類はフォークとナイフしか見たことのない、凡そ争いとは無縁の者ばかり。
自身の目的の為とはいえ、なんて窮屈な日々だと思いながら、ハザマは何気なくテラスから中庭を見下ろした。
目を焼かれそうなまばゆいシャンデリアから視線を逸らせたくての行動だったが、整った庭園を視界に収めた時、暗闇の中で僅かに光るものがあることに気付く。
違和感に、一体何だと眼を凝らしたハザマは、赤い蕾の薔薇が埋め尽くすアーチの影に隠れる金色に目を止めた。
蜂蜜色の金髪、透けるような白磁の肌。その色彩は、明かりもない暗闇でぼぉっと浮かび上がる程に白く目立っていた。
歳の頃は二十歳くらいだろうか。いやに端正な顔付きのその人物は、女に見紛うような美青年だった。
身に纏うのは黒と白の地味な神父服で、別に着飾っているわけでもないのだが、そこいらの貴族の娘より断然美しいとハザマは思った。
吸い寄せられるようにテラスの手摺りへ寄り掛かったハザマは、細い眼を開いて観察の眼差しを向けたのだが――、ゆらりと顔を上げた青年と視線がかち合い、驚いた。
最初からハザマの気配に気付いていたかのように、その青年はエメラルドグリーンの双眸で真っ直ぐこちらを射抜く。
「――」
ナイフのような切れ味でもって、胸部を押し潰されているような迫力を受け、ハザマは息を呑んだ。なんて強い眼差しだろう。
凍てついた抜き身のようなそれにただ目を瞠っていると、青年は不意に、興味を失ったように視線を外してしまった。圧迫感が消えると同時に、宝玉のような碧も瞼の裏に隠れる。

「あ……」
溜息をつくように肩を揺らした青年は長い裾を翻し、背を向けていた。帰り道を辿るように迷いなく遠ざかっていくその痩身の背に、ハザマはえも言えぬ動揺を抱く。
おかしい。この男は、何かが違う。だが一体なんだろう、何が引っ掛かる?
……そうだ。この爛れた空間で、あの気配はあまりに異質。凛とし過ぎている。
張り詰めた空気、ぴんと伸びた背筋。それは兵士や騎士が見せる、独特の雰囲気だ。戦場を知る者の佇まいに酷似している。
一見質素な聖職者の身なりでありながら、鋭い切れ長の眼が聖職者のイメージを悉く裏切っていたのだ。
「――…チッ」
変装した部外者かもしれない。その可能性に瞬時に行き着いたハザマは、スーツの裏に忍ばせていたナイフを取り出した。
威嚇の意味を込め、ハザマは男の肩口を狙って硬質な刃を投げつける。さあ、気付くだろうか?
「――!」
暗い庭園の中へ吸い込まれるように飛んだそれに、青年は少し体を捻るだけでかわした。一見よろけただけのような動作だったが、地に突き刺さるナイフを避けるように長い裾を捌く手の動きで、意図的であると分かる。
肩越しに振り返った端正な顔が、再びこちらを射抜いた。眉を寄せ、非難めいた碧の眼差しを向ける青年に、ハザマは警戒感と僅かな興奮を同時に抱く。
誰だ、この男。――面白い。
見る限り自分よりも年下であろうその青年の纏う、凍てつくような端正な容貌と鋭い身のこなしがハザマの興味を引いた。
不審者を捕らえなければならない立場ではあるが、このテラスから中庭まで降りるまでの間に逃げられてしまうのは目に見えている。かといって四階から飛び降りるのは、流石に危険だ。
どうしたものかと思案したハザマは、睨みつける青年にニコリと笑いかけた。武器を投げ付けたことなど嘘のように愛想を振り撒くハザマに、青年は片眉を上げる。
不審げに歪むその綺麗な顔に向けて、ハザマは口元に指を当て、投げキッスを送った。
「……ッ!?」
遠めからはっきり分かる程に、青年の肩が跳ね上がる。まさかそう来るとは思わなかったのだろう。目を丸くしている青年の表情が、実に愉快だ。
ああ……本当に、間近で声を掛けられないのが残念でならない。からかい甲斐がありそうなのに。

戸惑いで冷ややかな雰囲気が和らいだ青年に、面白いなぁと思っていたハザマだったが、不意に聴こえてきた地響きのような音を拾い、顔を上げた。
揺れもなく、耳を澄まさなければ分からない程度の音だが、それはさながら地下深くから響いているようだった。
思い当たる節があるハザマは、すぐさま建物内に戻ろうとして……もう一度青年に目を向けた。しかしそこには既に影も形もなく、先程視線を外した一瞬で逃げられてしまったらしい。
「変な輩だと思われちゃいましたかねェ……」
そそくさと姿を消してしまった青年を思い、ハザマはシルクハットのツバを弄りながら苦笑いを浮かべる。武器は投げるわ、キスは投げるわとなれば、あまり関わりたくないと思うのが普通だろう。成り行き上、そうなってしまったに過ぎないのだが。
とりあえず、あの青年の記憶には残ったであろうから良しとするか。気になるようならば、後から探してみるのもいいだろう。
今は地下の異常を確認しに行かなければ。
ハザマは黒い燕尾服を整えながら、廊下へと歩き出した。











「面倒な事しやがって……誰だ、クソがッ!」
殆ど光のない真っ暗な地下道を、テルミは高らかな足音を響かせながら駆けていた。
ハザマとは双子で、艶やかな緑の髪や細い釣り目は同じだが、その髪は重力に逆らうように逆立っている。テルミとハザマの仲は決して悪くはないのだが、両者共同じ格好をすることを好まず、紳士然としたハザマとは対照的にテルミは適度に崩れた服装をしていた。
荒れた見た目同様に言葉遣いも悪く、人と接する仕事は大体ハザマに押し付けている。ハザマも外面を繕うことに慣れただけで、面倒だと思っていることはテルミと変わらないのだが、テルミは『俺には向いてない』の一点張りで裏方の仕事を譲らなかった。
しかしもう一つ、明確な理由はある。今のテルミとハザマには決定的な違いがあるのだ。
カビ臭い真っ暗な地下道を迷いなく走るその眼は、昼間同様にすべてを見透かしていた。ハザマと同じ痩身でありながら、石畳を蹴る足の速さは常人より遥かに早く、振り上げれば象をも昏倒させる一撃を放つ。
普通の人間よりも高い身体能力を持つテルミは、既に人間の枠から外れていた。特殊能力を持ち、永遠の若さを保つ怪物――吸血鬼だったのだ。

だが、これには色々と高い代償が付いてしまい、目下悩みの種だ。こうして地下の警備をやらされているのも、自由を奪われた証の一つだった。
「! オイこらテメェッ、何やってやがる!」
拓けた空間に出たテルミは足を止め、騒音の原因を作ったであろう人影に怒鳴り付けた。面倒臭い仕事を増やされたことに、苛立ちが隠せない。
一見、ただの貴族の住まいに見えるこの建物だが、その地下には結界が張られている。結界は非常に特殊な構造をしており、一度崩されると修復するのに結構な手間が掛かるのだ。
床に描かれた円形紋章と儀式用の祭壇は半分が壊され、効力を失ってしまっていた。呪術の対象ではないにしろ、本来ならばテルミ自身も近寄り難い場所なのだが、力を失った今は容易に足を踏み入れることが出来た。
石畳ごとえぐる勢いで大剣を突き刺していた人影が、テルミの存在に気付いて身じろぐ。硬質な金属音を響かせながら、埃の舞い上がる中でこちらへ振り返った。
暗闇に佇むそれは、頭から爪先まで鋼の鎧で固めた騎士だった。フル装備ゆえに口元まで兜で覆い隠したそれは、鎧のみが動いているような気味悪さを漂わせていた。
些か時代錯誤なその格好をまじまじと見つめ、テルミは一瞬眉を寄せたものの、防御を高めることに特化すれば確かにそうなるかと思い直す。城の中の財宝には目もくれず、こんな地下の結界を破壊しに現れたのだから、テルミとの戦闘を想定していたのだろう。
鎧ごと叩き折ってやるかと思いながら、テルミは鎧騎士に近付いた。
「テメェ、あのクソ吸血鬼の回し者か?」
「……」
テルミの問いに、返答はない。代わりに、身長ほどもある大剣を持ち上げ、こちらに構えてきた。
決して小さい方ではない自分より遥かに上背のあるその鎧騎士を睨み上げながら、テルミはにやりと口元を歪める。
「ただの人間が、俺様に勝てると思うなよ?」
「……」
嘲りを含んでの挑発にも、鎧騎士は無言のままだった。まるでテルミの言葉など聞こえていないように、剣を振り上げて踏み込んでくる。
石畳にヒビを作る重い足音に反して身のこなしは異常に軽く、一瞬で近付いてきた鎧騎士の鋭い突きを、テルミは舌打ちしながらかわした。全身鎧に大剣を携えているとはとても思えない動きに、自分のことは棚上げでコイツ化け物かと胸中で罵る。





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