狐テルミ×ハクメン

□狐テルミ×ハクメン〈弐〉
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家に入れてやった。食事も与えてやった。寝床まで貸してやった。
これだけ手間を割いてやって、何故こんな目に遇うのだろうかと、ハクメンは苛立ちながら思う。

「離れろ、狐」
「テ・ル・ミだっつーの。ちゃんと名乗っただろ? 一回で覚えなきゃ駄目駄目駄目じゃ〜ん」

妙に癇に障る口調でそう言いながら、テルミは布団からはみ出た尻尾をぱたぱたと振った。
黄金色の耳がピンと立つ緑の頭をハクメンが掴もうと手を伸ばすと、狐は暴力はんた〜い!などとふざけた叫び声をあげながら、布団の中へ潜り込んでしまった。

そしていきなり腰へしがみつかれ、ハクメンは体を強張らせる。

「貴様……!」
「痛てててっ」

姿は見えないが、布団の膨らみを鷲掴むと、小さな体の狐がもごもごと暴れた。
成り行きで拾っただけの小狐と同衾など、御免被る。

文句を言う煩いテルミを、ハクメンは握力に任せて頭を締め付けた。痛みに手を放した隙に、ハクメンは布団から抜け出る。

「其之布団を使え」
「あ、オイ! どこ行くんだよッ」
「隣の部屋だ。私は何処で眠ろうが構わぬ」

最早面倒になり、ハクメンは立ち上がって部屋を出ようとしたのだが、何故か足首にテルミが飛び付いてきた。
引き止めるように袴にシワを刻む小さい手に、ハクメンは仮面の下で顔をしかめる。

「其処で眠れ」
「ヤーダ。お前いないと寒い。カイロ代わりにいろよ」
「断る」

暖を取る為に居ろと言う、身勝手なテルミにハクメンは首を振った。だが、張り付くテルミはこちらの意見など聞く気もないようで、ぐいぐい袴の裾を引いてくる。

「なァ、二人で寝た方があったかいじゃん。効率的っしょ?」
「何故そこ迄、拘る」
「俺様、寂しがりなのー。一人にされると死んじゃう」

カケラも思っていないであろうことを堂々と宣うテルミに、ハクメンは息をつく。
この狐、何を言ったところで、こうと決めたら曲げる気はないらしい。
ハクメンは大仰に肩を竦め、しがみついているテルミもお構い無しに再び布団に潜り込んだ。

「……ぶはッ。急に入んなよっ」
「煩い。早々に眠れ」

布団にすっぽり埋もれた狐が、ハクメンの足元から移動して胸元から顔を出す。
うんざりしたハクメンは、乱れた緑の頭を押さえて布団の中に押し込んだ。お喋りな狐の相手は、精神的に疲労する。


「次に騒いだら、斬り捨てるぞ」
「おー、怖っ」

鳴神を呼び寄せ、ハクメンはそれを枕元に置きながら言った。
しかしその忠告を、テルミはハクメンの大きな手と格闘しながら、茶化すだけだ。

柔らかい耳を爪で摘み、聞いているのかと問い掛けると、嫌がるようにこちらの手を押し退けて、丸々とした小さい手で毛並みを整えた。

「分かったって、ハクメンちゃん。大人しく寝てやんよ」

どこまでも横柄なテルミはそう言うと、ハクメンの胸元にビタッとくっついて目を閉じた。
何故ちゃん付けで呼ばれなければならないのだと思いながらも、宣言通りに静かになったテルミを見下ろし、ハクメンはそっと溜息をついた。














頑固で、クソ真面目。
しかしお堅い思考ゆえに、押しには弱い。

ハクメンの図体は自分より遥かに優るが、一番からかい甲斐のある性格だとテルミは思っていた。
こういうタイプはちょっかいをかけると、期待通りの反応を返してくれる。

漆黒のボディスーツを纏ったような体に、白い鎧に各所が覆われたハクメンの姿は、布団の中にいると違和感がある。
しかし間近で見るに、どうやらこの鎧は体と一体化しているようだった。魔素を毛嫌いしている割には、術式で構成されているようだ。
自分だけ魔素を利用しているのは少し癪に触るなと思いながら、テルミは小さい体でハクメンの肩口までよじ登って行った。

鎧に付いた赤い眼は、閉じている。
テルミはニヤリと笑った。

「……――第六々々拘束機関解放、【碧き力】起動」

徐に、テルミは術式を展開した。
碧い光の紋章が浮かび上がり、テルミの体を包み込む。
起動させるのに幾らかの力は消費するが、これの良いところは力が増すのはもちろん、周りから魔素を吸い取ることが出来る点だ。

触れているハクメンの体から魔素が一気に流れ込み、テルミの体が急激に成長する。

「!」

気配に気付いたハクメンが赤い眼を開き、素早く手を伸ばしてきた。
咄嗟にかわそうとしたが左腕を掴まれる。鋭く伸びた爪が、皮膚に食い込んだ。

「貴様、如何なる心算だ」
「ちょーっと、分けてもらっただけじゃん? ケチケチすんなよ…ッと!」

仮面の下から放たれる殺気に笑いながら、テルミは空いている手をハクメンの頭上に伸ばす。
体格の差が埋まったことと、馬乗りの体勢により、テルミが先に刀を手にした。

この武器が起動する様は、一度目にしている。
瞬時に術式の構成を読み解き、テルミは力を解放させた。リィィィ…と微かに鳴ると共に、白の紋章が浮かび上がる。

掴まれた腕をハクメンに強く締め上げられるが、テルミが刀を振り下ろした方が早かった。

「止め――」
「テメェも無力化してやんよ!」

長い白刃が光を纏って、ハクメンの胸に吸い込まれる。
血管を止める勢いでテルミの左腕を捕らえていたハクメンの手が、びくりと震えた。
溶け込むように厚い胸板に刺さった刃から、術式が流れ込む。

これでハクメンが使っていた魔素は消え、術式が停止する。
テルミは愉悦の笑みを浮かべた。

だが刀から手に伝わったのは、自身がこれに斬られた時のような魔素を消し飛ばされる感触ではなく、薄いガラスを砕いて握り潰したような不快な振動だった。

「――?」

テルミが違和感に眉をひそめたと同時に、ハクメンの動きが硬直する。
刀を引き抜いたテルミが見下ろしていると、止まったハクメンの体を覆う白い鎧が、砂が崩れるように消えていった。
エネルギー源である魔素がなくなり、術式が維持できなくなったのだろう。

白い鎧のなくなったハクメンの体は、肌に沿った黒い服だけになり、白い面もまた消え去って覆われていた素顔があらわになる。

日に焼けていない大理石のような肌、顎まですっきりと通った輪郭、柳眉と鮮やかな紅い瞳が揃った端正な顔立ち……悔しいがハクメンの顔は、褒め言葉ばかりが出てくるほど秀麗だった。
それと同時にどこか中性めいた色気を感じるのは、長く伸びた藤色の髪が畳みに広がっているせいだろうか。

思わず目を奪われたテルミは、息を呑んだままハクメンの姿を見下ろしていた。

「っ…――」

しかし薄い桜色の唇が微かに動いたかと思うと、ハクメンの瞳がゆっくりと閉じていく。
瞼の裏に隠れてしまった透き通った朱玉に惜しむ間もなく、テルミの腕を捕らえていたハクメンの手が滑り落ちていった。
爪が食い込む程に力が込められていたにも関わらず、それが外れていったことに不審の眼差しを向ける中、ことんと薄い布団の上に落ちる音が響く。

「おい……?」

眠りに就いたように、完全に動かなくなったハクメンを見下ろし、テルミは呼び掛けた。
真面目なハクメンのことだ、鎧を剥がされて怒り狂うに違いないと思っていただけに、全く反応がないことに困惑する。

眠ったのだろうか?
だがこの状況下で眠るとは思えない。

投げ出されたように横たわったままのハクメンに、テルミは顔を近づけた。
跨がったままの姿勢で息が触れるほどに寄るが、ハクメンは目を閉じたまま動きを見せなかった。

「どうしたんだよ……?」

再度呼び掛けたテルミは、置いていた手の下……ハクメンの胸から体温が消えていることに気付く。

そういえば寝ている時、くっついていたハクメンの胸から鼓動を聴いた覚えがなかった。

ハクメンと同化していた白い鎧。
もしも――それがハクメンの活動力、もしくは生命維持になっていたとしたら?
考えられないことではなかった。術式で動く人形や人造人間も、数は少なくとも街に存在する。

「……やべぇ、もしかして……殺しちまった……?」

エネルギー源である魔素がなくなれば、術式はすべて停止するのは道理。

テルミは思わず刀を取り落とし、腰を浮かせた。もしや取り返しのつかないことをしてしまったのではないかと。

一瞬その場を離れることを考えるが、血の気のない端正なハクメンの顔が視界に入り、足が動かなくなった。

「……、…っクソ!」

よく分からない苛立ちに舌打ちしながら、テルミはハクメンの厚い胸板に両手を置いた。

どんな術式だ? どこが動力部だ?

浮き出た筋肉をなぞりながら、毛細血管のように張り巡らされた術式の糸を辿る。
下腹まで来た辺りで術式の中心部に行き着いたテルミは、起動術式に探りを入れた。

あまりに複雑すぎて大雑把にしか把握は出来なかったが、スイッチらしき式に向けて、テルミは吸収していた魔素を放出する。
淡い緑の光が白く変色し、ハクメンの中へと吸い込まれていった。

「――…ッ」

元の小さな体に戻ってしまったテルミが、腹に乗ったまま暫く見守っていると、ハクメンの唇が僅かに動く。
ひくりと胸部が跳ねたかと思うと、突如ハクメンの口元から鮮血が溢れ出した。

「グッ……ガハッ、ゲ…ホ…!」
「おい、大丈――っ!?」

身をよじり、えづくハクメンから振り落とされたテルミが覗き込むが、血まみれの手で弾き飛ばされた。
加減もなく払われたテルミは障子を突き破り、外まで転げ落ちる。

慌てて低い身長で廊下までよじ登ったテルミの目に、ゆらりと起き上がり、奥の部屋へと消えていくハクメンの後ろ姿が映った。









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