狐テルミ×ハクメン

□狐テルミ×ハクメン〈肆〉
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今日は街へ食料の調達に向かおうと、ハクメンは朝餉を片付けて身支度を始めた。
死んだ肉体でも活動している限りは最低限の食事は必要で、時々街へ食糧の補給に行かねばならないのだが……問題はこの狐だ。

「おッ、どっか行くんか? 何しにっ? どこへっ?」

なーなーと煩く話し掛けながらハクメンの後をちょろちょろついて回るテルミが、正直なところ非常に鬱陶しい。
捻った足は昨日より良くなっているようだが、それでもまだ少し足を引きずり気味だ。なのにそんなことはお構いなしでテルミがくっついてくるものだから、こちらの方が気を遣ってしまう。

「貴様は寝ていろ。未だ足は完治していないので在ろう」
「え、足? 平気平気! それより、ンなにいっぱい野菜入れてどうすんの?」

知りたがりは元来の性格なのだろうか。
ハクメンが畑で採れた野菜を選別しながら籠に詰めていると、テルミが胡座を掻いた膝の上に乗ってきた。
小さな黒い肉球の見える足をぶらぶらさせながら、興味深げにこちらの手元を覗き込む緑の頭が視界に入り、ハクメンは仮面の下で眉根を寄せる。
理由を説明しようがしまいが、どの道この狐はまとわり付いてくるのだろうと、短い付き合いでも想像に難くなかった。

「……街の最下層に、カカ族の集落が在る。其処の長老と、物々交換をする為の野菜だ」
「へー、ちょー意外! ハクメンちゃんって、人と交流とかあったんだ? てっきり世捨て人かと思ってたぜ」

説明をすると、思い切り驚いた顔でテルミがそんなことを言う。失礼な物言いに、ハクメンは顔を歪めた。
……間違ってはいないが。

「カカ族は、人工的に造られた猫科の二足歩行動物だ」
「あ、なんだ。人間じゃねぇの。……だよなー、そんなナリで話し掛けたらビビられるもんなァ普通」

相手が動物だと告げると、テルミが納得してけらけら笑った。
自分の姿がどう見えるか分かっているので今更だが、改めて他人から言われるのはあまり気分の良いものではない。
黙したまま野菜を籠に入れる作業をしていると、テルミは無視されるのが嫌なようで、存在を主張するようにハクメンの手にのし掛かってきた。

「そのお面、取ればいいじゃん。鎧も外せば、普通に見えるだろ? それともソレ、外せない仕様なわけ?」
「……外すことは可能だ。だが、私の身丈は変わらぬ。何れにせよ異質で或る事に変わりは無い」

「まー、バカでかいのはどうにもなんねェけどよ。女が喜びそうなツラじゃん? ……あ、でもそれだと女がうじゃうじゃ来て、メンドくせェな」

追っ払うの疲れるわとか何とか、我が事でもないのにテルミが眉間にシワを寄せてぶつぶつ呟く。
何故そんなにも絡んでくるのかと多少は疑問には思うものの、この狐の話をいちいち聞いていては、振り回されてばかりだと理解してきたハクメンは、手に乗っていたテルミを縁側に落として立ち上がった。

しかし、野菜が飛び出ている大きな籠を背負い、鳴神を手に持ち直したところでテルミが籠に飛びついてくる。
足の怪我が響いているのだろう、ジャンプ力が足らずにテルミは籠の側面に張り付いていた。
必死で籠の中に入ろうと爪を立てている様を、ハクメンは肩に付いた背後の眼で見てため息をつく。

「安静にしていろと、先刻謂った筈だが」
「ヤ〜ダ〜ッ、俺も行くっつの!」

子供のように駄々をこねて尻尾をぶんぶん振るテルミに、ハクメンは何やら頭痛のようなものを感じた。
今ここで背中の籠を一振りすれば、不安定に張り付くテルミは容易く落とすことができる。
しかし同時に、この高さから落ちれば捻った足を、更に痛めることは目に見えていた。

また騒がれるのも面倒だと思い、ハクメンは背中に手を伸ばす。

「しっぽ掴むんじゃね……うぉ!?」
「其処に乗っていろ」

テルミの尻尾を鷲掴んで宙吊りにしたハクメンは、野菜がぎっしり詰まった籠の上にテルミを乗せた。
追い払ったところでどうせついてくるだろうと想像に難くなかったため、ハクメンは諦念の境地で背負った籠の位置を直す。
白菜や大根に埋もれかかっていたテルミは、揺れる籠にふらふらとバランスを崩しかけるも、ハクメンの長い藤色の髪にしがみついてなんとか安定を保った。

「……なーんだ。結局、やっさしぃーんじゃん?」
「貴様の執拗さに辟易しているだけだ」

にんまり笑ってテルミが後頭部の辺りで喋る。
その、妙に神経を逆撫でする声に眉をひそめるも、ハクメンは黙って歩き始めた。










道中、後ろのテルミに煩く話し掛けられたり、危うく髪を三つ編みされそうになったりと多少悶着はあったものの、無事に街の最下層へ辿り着いた。
太陽の光が届かない薄暗い街中を歩いていると、小さな猫達が珍客に気付いてわらわらと集まってくる。

フードを被った、猫のようなシルエット。しかし目深に被られた顔は光る眼と口元しか窺えない。
一見不気味とも言える風貌だが、猫達はハクメンの周りを回ってきゃっきゃと歓声をあげた。

「おっきいーにゃ!」
「白いねー!」
「何か食べもの持ってるよ!」

色違いのリボンを付けた三匹が興味津々で近付いてくるのを見下ろししていると、堪忍袋の緒が切れたらしいテルミがハクメンの髪の間から顔を出し、下を睨みつけた。

「にゃーにゃーうッせェわ! なんなんだテメェらはよォ!?」
「無闇に威嚇するな、狐。カカ族の童だ」

ガルルッと牙を剥き出しにして唸るテルミを窘めるが、止める様子はなく尻尾の毛を逆立てて睨みつけている。
そういえば狐はイヌ科か、と思い出すもテルミの場合は他者が等しく気に入らないのだろう。
しかしそんな威嚇も気にした様子もなく、カカ族の三匹は楽しそうに周りを踊っている。

「ミドリのが、何か言ってるよー?」
「ミドリじゃねェっ、テルミ様だ、テ・ル・ミ・さ・ま!」
「てゆみしゃま? 意味わかんニャい」
「あ゛ー、これだから餓鬼は嫌いなんだよッ」

得意の皮肉も幼いカカ族の前では通じず、テルミが苛立ったように叫んだ。
その様に思わず苦笑すると、気付いたテルミに髪を一房引っ張られた。笑ってんじゃねェよと文句を言う声に、何故だか更に笑いを誘われる。

「……長老は今、何処に居る?」
「ちょーろー? ちょーろーは広場だよ!」

ハクメンの問いに、猫達は一斉に元気良く広場の方を指した。
聞いておいて何だが、あまりに素直に教えてしまうカカ族に一抹の不安を抱きつつも、ハクメンは礼を言ってそちらへと歩き出す。
猫達に見張りの意思はないのだろうが、ハクメンの背を追いかけるように三匹が踊りながらついてきた。

「おっきいニャ〜♪ おっきいニャ〜♪」
「うっせーなァ……。あ、オイ! これは猫じゃらしじゃねェっつの!」

嫌そうに眉を顰めていたテルミが、ゆらゆら揺れるハクメンの毛先に飛びつこうと、手を伸ばしている猫に気付いて怒鳴る。
ここまで来る間に散々髪を弄り回されていたハクメンは、玩具にされることにもはや抵抗などなかったのだが、テルミは気に入らなかったようで長く垂れた髪を巻き上げた。
とぐろを巻く藤色の髪に埋もれて、籠の上に乗っかっているテルミの奇異な姿が、ハクメンの背後の眼に映る。

玩具は取り上げたが脳天気な声をあげ続ける猫達に苛立ちが収まらないようで、テルミはぶすくれた顔をしながら白菜を尻尾でばしばしと叩いていた。

「……おや? 珍しいの。ハクメンではニャいか」
「突然の来訪で申し訳無い。カカ族の長よ」

ハクメンが広場に踏み入ると、何匹かの猫達と話していた長老が、気付いてこちらに振り返った。
他のカカ族と同じくフードを被っているが、長老だけは髑髏を模した仮面を付けており、老齢なのか杖を持っている。

「畑で採れた野菜を持って来たのだが、米か芋と交換は出来るだろうか」
「…ぉおっ、大歓迎じゃ。お主の野菜はオリエントタウンでも好評での、多くの食糧と交換できるんじゃよ」
「そうか。済まぬが宜しく頼む」

了承を得て、ハクメンは籠を下ろした。野菜の上に乗っていたテルミを回収して一歩下がると、長老が近付いて野菜を見つめる。

「お主の作る野菜は、本当に色艶が良いのぉ。……しかし残念ニャのは、この良さが分かるのがわしくらいだということじゃ。丹精込めて作ったものを交換してしまって、いつも申し訳ニャいの……」
「構わぬ。カカ族は猫科だ、肉食であるのが道理」

本当に残念がっているようで、長老は尻尾を垂れさせて謝った。
こちらとしては分かっていて持ってきているのだから、そもそも謝られることではない。
現に、周囲にいる猫達は大きな籠に入った野菜を眺めているが、匂いを嗅いだりするだけでかぶりつこうとはしなかった。あまり食欲をそそるものではないのだろう。

そんななか、遣り取りを黙って聞いていたテルミが不意に、抱き上げるハクメンの手をぺしぺしと叩いた。

「なぁ。コイツらの代わりに、俺が交渉してやろっか? でっかくなりゃ亜人に見えるだろうし、猫よか割のイイ取引できんだろ」
「……効率の問題ではない、信用に足るか否かだ。貴様の場合、ただの物々交換で事は済まぬだろう」
「ありゃ、バレてら」

俺がやろうかと名乗り出るテルミの魂胆を見透かし、ハクメンは冷たくあしらう。

「すまぬの、すぐに米を持って来させるからの」

ハクメンの揺るぎない態度に長老は苦笑し、周りの猫に倉へ行くよう指示した。

――が、突如、街の入口の方から猫達の悲鳴があがった。


「何事じゃ!?」
「アイツが……黒いうねうねが来たニャーッ!」







〈肆〉END





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