BBテルハク短文・メモ

□狭間
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狭間





水中で揺らぐような、あるいは自身が霞になったような、夢と現実の狭間のような感覚から覚めて。
テルミは、琥珀に輝く目を開いた。
「……具合いは、どうだ」
薄暗い天井を見つめて暫し、瞬きを一度して、ようやっと声のした方へ視線を動かす。
顔ごと動かすまでもなく、そこにいる存在は分かりきっていた。
レリウス=クローバー。テルミに体という現世の器を与えた、狂気の天才人形師。
「あー、あー、テステス。……ま、悪くねェよ」
「前と、寸分違わず……とまでは、いかないがな」
テルミはマイクテストの真似事を口にしながら、感想を述べる。肉声で話すのは、久しぶりだ。
レリウスは具合いを聞きながらも、評価自体は気にしていないらしく、すぐに興味を失ったように踵を返した。
「魂の移植に、さほど時間はかかっていない。……だが、ある程度の定着には、時間を要する」
「へーへー。……何すりゃいいわけ?」
掌でひんやりした台座を押し、テルミはゆっくりと上体を起こす。体の動かし方を錆びた記憶の中から呼び覚ましながら、軋む体を見下ろした。
声帯を震わせて、声を発する。たかだかその程度のことに面白いと改めて思いながら、テルミはレリウスの背に視線を投げた。
「適当に、体を動かせ。まずは……それからだ」
おざなりな言葉をかけながら、机の上で雪崩を起こしそうなほど高く積まれた書類を探っていたレリウスが、目的のものを見つけて振り返る。
「それと、統制機構での……身分の作成。書類の提出期限が、迫っている」
少し上質な紙で作られているのか、そう言いながらレリウスは厚紙の書類を見せた。
台座の上で立てた膝に寄りかかりながら、テルミはそれに切れ長の目を向ける。
「そういうのは、テキトーにやっといてくれや。俺は今ンとこ、自分のことで忙しいしー」
「……よく言う。こちらは、お前の調整で……時間を割かれたのだ。自分のことは、自分でやれ」
紙と羽根ペンを差し出し、レリウスがやや鬱陶しそうに言った。利害が一致しないことに関しては、全く冷たい男だ。
渋々テルミは胡座を掻き、それらを受け取った。
台座に広げた書類に視線を落とすと、つられて長い前髪が視界に入り込む。それを煩わしげに掻き上げながら、テルミは気だるげに書類を読み上げた。
「あ〜、本名……ユウキ=テルミ、と。性別、男。生年月日……覚えてるわきゃねェっつの。大体、偽造するにも今がいつか分かんねェしパス。あとで埋めといてくれや、レリウス大佐様」
ガリガリ書類に書き殴りながら、テルミは面倒な部分をレリウスに丸投げする。しかしもはや抗議する気は失せたのか、仮面の男は沈黙で返した。
「所属、諜報部〜っと。……希望のコードネームぅ? ふーん、そうだなァ……」
羽根ペンをひらひら揺らしながら、テルミは思案する。
まだ体、というより脳や心臓が自分のものではないような、そんな違和感に駆られながら、テルミは膨大な記憶を掘り起こした。
境界の中で漂っていた間に得た、過去現在未来のあらゆる記憶。人間が抱えるには押し潰されそうなその質量の中、テルミは冷静に自身の記憶を手繰り寄せる。
窯に落ちる前の、血と埃にまみれた暗黒大戦時代。
思い出す情景は、暗い闇に覆われた野外。皆が寝静まる時刻に、冷たい風の中で佇む気配。
顔を出した自分に向けられる、鋭い視線。顔のない筈のそれに、睨まれる心地良さ。
白い巨体が、隠しきれない憤怒を立ち昇らせて吼える姿は、雄々しくも滑稽で。
――ハザマァ……!
口元が、愉悦に歪む。
「そうだ。『ハザマ』だった、な」
くつくつと喉奥で嗤い、テルミは思い出した名を呟きながら書類に書き込んだ。
まだ記憶が完全でなかったあの時、薄ら笑うテルミに白い男は口にしていたではないか。この時、テルミが語った偽りの名を。
「……今回も、そのコードネームか?」
「ああ。なんか問題でもあンのか?」
「いや、ない」
テルミの言葉を聞きとがめたようにレリウスが確認するので、片眉をはね上げて聞き返すと、レリウスは即座に否定を口にした。
だが何か引っ掛かりがあるのか、考えるように顎に手を当てる。
「確か、その名は……芸がないと、文句を言っていたような気がして……な」
「そういや、『最初は』テメェが付けたんだったな。ま、捻りがねェのはホントだろ」
遠い、何度前かもはや分からない過去のループを辿り、レリウスがそう指摘した。
文句を言っていたのは、事実だ。境界からココノエとナインの恨みの念で引き寄せられ、ラグナの憎悪で存在を強めている狭間からの幻影。
狭間だから、ハザマ。芸がないうえに、聞き間違いも度々発生する。愛着があるかと問われれば、否だ。
だが、その名を呼ぶ2人……いや、ひとりの存在があるなら、悪くないと思ったのだ。
「お堅いアイツに、あんな憎悪まみれの声で呼ばれたら……そりゃあ、ヤミツキになンだろ」
怒りに震える、殺気のこもった声音。並の人間ならビビって動けやしないだろう気迫。
しかし、テルミには悦びと興奮しか与えない。時空を渡って尚、彼を焦がす存在は自分なのだと。忘れることなど出来ないのだと。そう、証明するようで。
嗤いが止まらない。
「……とんだ、サディストだな。…いや…、罵られて喜ぶならば、マゾヒスト…か」
口角をつり上げるテルミに、レリウスがやや呆れたように感想を述べる。
別にそういった趣味はないつもりだが、相手があの存在ならどちらであっても興奮するかもしれない。胸中でそんなことを考えながら、テルミは鼻歌交じりに書類の残りの空欄を埋めていった。
これから衛士として活動する場にいるのは、まだ幼い彼。今度は、あちらに記憶がない。
――さて。今回はどうやって、この名を忘れられないように刻み込んでやろうか?







END






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小説フェイズシフトのネタから、勝手に捏造。
俺って今回その名前なの?みたいに言ってた割には毎回同じ名前なんで、ハクメンの言葉を思い出して付けたんじゃないかと勝手に妄想しました。
鶏が先か、卵が先か、みたいになってきますが…。






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