BBハザジン小説

□G斑鳩のしらべ
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ピンポーン。
軽快な音を立てて鳴ったベルに、ジンは思い切り眉を寄せた。
週に一回の貴重な休み、社宅に住むジンが溜まった家事を済まそうとしていた矢先、覚えのない訪問のベルが鳴った。荷物は頼んでいない、来客の予定もない、考えられるのは訪問販売か宗教勧誘といったところか。
居留守を使おうかと考えるが、万が一仕事関係での急用でも困る。とりあえず相手くらいは確認しておこうと、ジンは食器を置いて濡れた手をタオルで拭き、そろりと気配を消して玄関へと近付いた。
物音を立てないように気をつけながらドアスコープを覗いたジンは、廊下に誰もいないことを確認して首を捻る。
悪戯か?と思いながらも念のため錠を外し、ジンはドアを少し開いた。
「あ、おはようございます〜。キサラギ少――」
バタン!
ジンは思い切り、ドアを閉めた。ついでに、内側から鍵とチェーンも掛けた。
何も見てない、何も聞いてない、そうだ誰もいなかった! 顔を強張らせたジンは胸中でそう呪文のように叫び、ドアから後ずさる。スコープの範囲から外れるほど、開き口にべったり張り付く黒ずくめの男など、断じて見ていない。
……ユキアネサ! ユキアネサはどこだ!? 殺虫剤かアイロンでもいい、何か武器!
完全に動転しながら、ジンはきょろきょろと周りを見渡す。しかし視線をさ迷わせている間に、引っ掻くような微かな音がしたかと思うと、カチリと音を立てて鍵があっさり外されてしまった。どんな早さだ。
しかしドアは10cmほど開いたところで、チェーンに阻まれて止まる。
「おや? チェーンも掛けられてしましたかァ。仕方ないですね〜」
困った困った、などと軽い口調で呟きながら、男は顔を半分覗かせてバタフライナイフを取り出し、今度はチェーンの端をごりごり削り始める。何をしれっと怖いことをしているのだこの男は。
「やめろッ、何のつもりだ! ハザマ大尉!」
「だって私、ちゃんと挨拶してるのに、少佐がいきなり締め出しちゃうから〜」
黒に映える緑の髪を揺らしながら、ハザマが拗ねたように口を尖らせてそんなことを言った。可愛らしさを出しているつもりかしれないが、糸目の男がやっても何の効果も無い。むしろ、笑顔のままチェーンの接合部を壊そうとしている手元がホラーじみている。
あまりの不気味さに冷や汗を浮かべながら、ジンは威嚇するように怒鳴りつけた。

「こんな朝っぱらから何の用だ! 休みの日に、わざわざ来るなと前にも言っただろう!?」
「いやー、私も別に好きで来てるわけじゃないんですよォ? 上からの命令でして」
「……は? そんなわけがあるかッ、嘘をつくな!」
「嘘じゃないですよぉ〜、…っと」
ガッチャンと音がして、チェーンが壊れた。なんてことしてくれるんだ。というか、備え付けのチェーンが脆すぎる。今度は頑丈なやつを付けなければ、時間稼ぎにもならない。
折角用事を済まそうと意気込んでいたのに、早々に用事を増やされたことに頭痛がしてきた。だというのに目の前の元凶は、お邪魔しまーす、などと暢気に言いながら当然のようにドアを開けて入ってくる。
「入ってくるな! 帰れ!」
「だから、帰れないんですってば。少佐に協力して頂かないといけないことがあるんですよ〜」
これみよがしに困ったような顔をして見せてハザマが近付いてくるので、ジンは堪らずユキアネサを召喚した。しかし出現した氷の塊に手を伸ばそうとした瞬間、ハザマが一気に足を踏み込んできて、あと少しのところで腕を捩り上げられてしまう。
「ちょっとやめてくださいよ〜。暴力反対です」
「! 不法侵入しておいて、よくもぬけぬけと……!」
右腕が捕られたまま、ジンは間近に迫ったハザマを睨みつけた。さりげなく左腕まで後ろに回され、体を密着させられる。
足で蹴り上げれば、抜け出せるかもしれないとは思うものの、両腕を抑えたままハザマはこちらを笑顔で見つめるだけで、それ以上は何かしようとはしなかった。囚われた状態で、ジンは鋭い眼差しでハザマを睨む。
「そんな怖い顔しないでくださいよ。今日は本当に、仕事の関係で来たんですから」
「……そう主張するなら、用件を言え」
本気か冗談か判断のつかない、いつもの軽い口調で言うハザマに、ジンは顎をしゃくって先を促した。
すぐ脇で召喚されていたユキアネサが、砕ける氷と共にフローリングへと倒れる音が響くが、ジンは攻撃の意思がないことを示すように、そちらに視線を向けなかった。無言のまま目線が上のハザマを凝視していると、切れ長の眼が微かに開いて、少し困ったように軽く肩を竦めた。
「少佐、そんな可愛い顔でじっと見つめないでください。照れます」
「……殴るぞ」
へらりと笑って唐突にそんなことを宣ったハザマに、ジンは呆れた眼差しを向ける。

「くだらないことばかり言うつもりなら、本気で殺しにかかるが?」
「あ、それはやめてください。痛いのイヤです」
ハザマは眉を八の字にして肩を竦め、慌てて拘束を解いた。
「いえね、実はカグツチ下層部の浪人街に偵察に行くよう言われてしまいまして」
「……ここは浪人街じゃないぞ」
解放された腕を組み、ジンは説明を始めたハザマに冷たい視線を送る。流石に間違えて来たとは思っていないが、イカルガ内戦の難民が住み着く浪人街とジンを訪ねて来ることがどう関係あるのか見当がつかない。
怪訝な表情を見せるジンに、ハザマは徐に黒い帽子を取り、ひらひら振って見せた。
「ほら、私ってこの格好でしょう? イカルガの文化圏だと浮いちゃうんですよォ」
コートの衿を摘んで見せる目の前の男を、頭から爪先まで見てから、ジンは微かに口元を歪める。
「……道理だな。そもそも統制機構の制服自体が、あそこでは異質になる」
イカルガ内戦時のことを思い出し、ハザマの意見に同意した。
黒き獣が現れる前の、何十年か前に栄えていた国の名残として、イカルガという地方があったと聞く。独特の文化が受け継がれてきたイカルガは、衣食住すべてが他とは大きく異なっており、民族意識もまた違っていた。つい最近、ジンを筆頭に統制機構がイカルガ連邦を制圧したが、その難民はカグツチの下層部に住み着いており、浪人街と呼ばれる一帯は独特の雰囲気を放っている。
あの町並みや人垣の中では、ハザマの格好はどう考えても浮くだろう。統制機構と気付かれれば、恨みを持つイカルガの民から報復さえ受けかねない。
客観的に考えて危険であり、偵察の意味がないと判断したジンに、ハザマは嬉しそうに頷いた。
「そうそう、そうなんですよ! うちの部隊なんか、黒が基本カラーでしょ。余計怪しいのなんので、困るんですよね〜。一応内密にって言われてるのに、目立つの目に見えてるじゃないですかァ」
はあーと大袈裟にため息をつき、ハザマが肩を落とす。緑の髪を揺らして嘆くその姿に、まあ分からなくもないとジンも思うが……。
「で、何故僕のところに来た?」
「そこです!」
なかなか核心に触れないハザマに苛立ちながら聞くと、待ってましたと言わんばかりにハザマが肩に勢いよく両手を置いてきた。強く掴まれ、ぐぐっと顔を近付けられる。
近い! 顔が近い!

思わずのけ反って逃れようとするが、ハザマは爽やかな笑顔を浮かべながら迫ってくる。
そして、思いもかけない頼み事がハザマの口から飛び出した。
「少佐、イカルガの民族衣装をお貸し頂けますか?」
「……は?」
ジンは眼を丸くして、思わず間抜けな声をあげたのだった。





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