BBハザジン小説

□ヴァンパイアーズ@
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「なんだなんだ、テメェも吸血鬼かァ? ……いや、あのクソ吸血鬼は滅びを選んだんだったか。だったら……屍食鬼(グール)か狼男か、そんなとこかァ?」
同じ様な化け物の名を挙げながら、テルミは腰に差していた二本の剣を引き抜き、構えた。性格上、吸血鬼らしい特殊能力ばかりで戦うのはあまり好かず、テルミは二刀流をよく用いていた。
戦闘態勢を取ったテルミに、鎧騎士は再び刃を向けようと構える。
「……残念ながら、何れでも無い」
「おッ! な〜んだ、まともに喋れんのかよ。んじゃ、屍食鬼とフランケンシュタインの線は消えたなァ」
初めて発せられた声は低く、呼気に混じって威圧的に響いた。しかし会話が通じる相手と分かり、テルミは内心安堵する。ハザマ共々、無駄口が多いとよく周りから評されるテルミとしては、何を言っても反応の無い相手が一番苦手だった。つまらない、という意味で。
「んじゃァさ、テメェ何者よ? 名前も名乗らずにいきなり土足でコンニチワとか、マジ有り得なくねェ〜?」
話せる相手と分かって、肩を竦めながらテルミは大仰にそう言って非難してみたのだが、気に入らなかったらしく、再び無言で剣を振り抜いてきた。鎧の重厚な音と嫌でも視界に入る図体の大きさで動きは見えているのだが、それに反したスピードの早さが予測との微妙なズレを生み、反応しづらい。
テルミは胸元を掠める剣先を弾き返しながら、もう片方の剣で脇を狙った。すべてを覆う鎧といえども、関節部分には隙間がある。そこに刃を差し込めれば容易に決着が着くだろう。
だがその欠点を相手も承知しているらしく、狙った刃は剣を放した左の手甲で弾かれた。見るからに重量級の剣だというのに、片手でも十分構えを維持できるようだ。益々、化け物じみている。
一度距離を離そうとテルミは飛び退いたのだが、鎧騎士は間髪入れずに踏み込んできた。一切迷いのない鋭い太刀筋が、胴体を襲う。
「く……ッ!?」
何とか身をよじって避けたが、コートの前がバッサリ引き裂かれた。シャツまで貫通した剣先は、脇腹の皮一枚を傷付け、赤い筋を引く。
かすり傷程度で済んだのは幸いだが、コートを台無しにされたことにテルミの眉は釣り上がった。

「てンめェ、よくも一張羅を台無しにしてく……っ?」
怒りのままに叫ぼうとした瞬間、脇腹に疼く様な痛みが走り、テルミは言葉を途切れさせる。明らかに掠り傷、本来ならば痛みに気付くか気付かない程度のものだというのにじくじくと痛むそれに、不審を抱いた。
思わず裂けた裾をめくって傷口を見ると、引っ掻き傷のような赤い筋から、皮膚がただれていることに気付く。
普通の鋼の武器ならば、吸血鬼は幾ら切られようと再生するものだ。不死の体に傷が付けれられるのは、銀製の刃物か、とどめを差す杭のどちらかでしかない。
舌打ちしながら、テルミは鎧騎士の獲物を見た。鈍い光を放つ人の身長程もある剣を改めて見つめるが……どうも、何の変哲もない鋼の剣のようだ。
聖水でも塗ったか? いや、あれはあくまで魔除けに過ぎないし、剣は濡れているわけではない。
これだけ大きければ中に十字架を仕込むことも可能かと頭を巡らせるが、それも違うと否定した。吸血鬼は十字架そのものを恐れているわけではなく、十字架を持つ教徒の強い信仰心が苦手なのだ。ただ象った物体に効力はない。
そもそもこの鎧騎士から、信仰心は感じられなかった。肌に感じるのは、強い敵愾心だけだ。
はて、他に何か吸血鬼の苦手なものはあっただろうか……。
思考を巡らせるテルミに、鎧騎士は容赦なく近付いてきた。
「ォォオオ!」
「どわッ! っぶねェなオイッ」
空気の窒素分子まで切り裂くのではないかと思うような、重い斬撃が連続で繰り出され、テルミは冷汗を浮かべながら逃げ回る。どういう原理か分からないが、掠り傷ですらこの有様だ。両断されては、流石に危うい。
厄介な相手に当たったものだと、胸中で嘆きかけ――テルミは昔に聞いた噂を思い出した。
悪魔払い……ヴァンパイアハンターを生業とする人間には様々ないきさつがあるが、生まれながらにその宿命を負う人間が、僅かながら存在するらしいということ。そしてそれらの人間に共通するのは、吸血鬼と、人間との混血。
「ダンピールか……!」
「…っ…」
テルミの叫びに、鎧騎士の剣先が一瞬鈍った。どうやら当たりのようだ。
ダンピールとは、吸血鬼と人間の間に生まれた子供で、生まれながらに吸血鬼を殺す能力を持っているという。その反面、死んだ時には吸血鬼となってしまうらしいのだが……。

具体的にどういった能力を持っているのか聞いたことがなかった為に気が付くのが遅れたが、見る限りではどうやら持っている武器に破邪の効果を付与できるようだ。ただの鋼の剣だが、銀製の武器と変わらないと認識すべきだろう。
下手に傷をつけられるわけにはいかない。テルミはわざと肩を竦め、逆立った髪を掻いた。
「ハァ、ダンピールねぇ〜…。どこのヤリチン吸血鬼だか知らねぇが、ガキの始末くれェちゃんとしといて欲しいわなー。化け物もお構いなしにケツ振る女なんざ、腹のガキと一緒に串刺しにしてやりゃ良かったのに……」
「貴、…様ァ…ッ!」
見下して嘲笑った瞬間、鎧騎士が激昂した。意外に沸点が低いのか、余程触れられたくないトラウマだったのか、予想以上にいい反応をしてくれる。
叩き斬ろうと、大きく振りかぶった鎧騎士の動きは迫力はあるものの、見え見えだった。幾ら威力があろうと、当たらなければ意味がない。
「ヒャッハー! ガラ空きだぜ!?」
「グ……ッ!」
懐に隠し持っていた鎖を投げ付けると、容易に鎧騎士の腕を捕らえることが出来た。慌てたように振り払おうとするが、大きな鈎で絡み付く鎖を咄嗟に外すことは出来ず、金属の擦れ合う耳障りな音だけが響く。
剣を持っていた手を封じ込め、テルミは一足飛びに懐へ飛び込んだ。
顔全体を覆う兜と云えど、首元には隙間がある。喉を掻き切ってやろうと、至近距離に近付いたテルミは剣先を差し込んだ。
「――!」
だが、寸前で鎖を引き千切られ、致命傷を避けられてしまった。思わず舌打ちするテルミの刃が、飛び退いた鎧騎士の兜をたまたま勢いよく跳ね飛ばす。
すると、その下から予想外の素顔があらわになった。間近で目にしたテルミは、思わず眼を瞠る。
最初に視界を埋め尽くしたのは、白。あの兜にどうやって納めていたのか疑問に思うほど長く豊かなプラチナの髪が、流れるようにこぼれ出ていた。
同じく暗闇でさえ映える、大理石のような白い肌と、シミ一つない滑らかな首筋が眼前に晒される。吸血鬼でなくとも噛み付きたくなるような、透明度だった。
乱れた長い前髪の隙間から覗く柳眉は、兜を弾かれた衝撃に僅かに寄り、細められた碧の眼はどこか憂いを帯びている。
整ってはいるが、男と分かる顔。決して女性的とは言えない……が、思わず息を呑んでしまう程の美しさがあった。

こんな図体で大剣を振り回すような輩なのだから、きっと醜悪な男に違いないと思っていただけに衝撃は大きく、テルミは追撃も忘れて唖然と男を見つめる。身丈2m越えで、この端正な顔は反則だ。
吹き飛んだ兜が忙しい音を立てて転がるのを遠くに聞きながらテルミが凝視していると、男もその視線に気付いたようにこちらへ向いた。焦点の定まらない、少しくすんだ色を見せる碧の双眸がテルミを捉える。
確かに見つめられているはずなのだが、遠い背後を見るような不思議な視線に、テルミは違和感を抱いて眉を寄せた。
「お前、……まさか見えて――」
「時間を使いすぎよ、英雄さん」
突然、二人の間に涼やかな声が割り込んだ。聞き覚えのありすぎるそれに、テルミは反射的に顔を歪める。
「クソ吸血鬼のお出まし、ってか!?」
「……あら、相変わらずのようね。ぼうや」
男の背後に突如現れた少女を睨みつけ、テルミは口角を釣り上げた。対して少女はいつもと変わらない無表情で立っている。
レイチェル・アルカード。テルミの上司が最も敵視している吸血鬼一族の長だ。金髪を二つ括りにし、黒い衣装を纏う姿は年端も行かぬ少女にしか見えないが、正統な力を受け継いだ吸血鬼であり潜在能力は侮れない。
何よりテルミとしては、個人的に色々と恨みがある相手だ。
「こんなとこまで、わざわざご苦労さ〜ん。……無事に帰れるとか、思ってんじゃねぇだろぉなオイ」
この面倒な相手を遠ざける為の結界だったのだが、破壊されてしまった。まだ時期ではない、ご退場願うかと思いながら、テルミはレイチェルへと刃を向ける。
「二対一で、勝つつもりなのかしら」
「あ? なんで俺がそんな、無駄な根性みせなきゃなんねーの?」
少女の威嚇を、テルミは嘲笑った。何も馬鹿みたいに戦っていたわけではない、あくまで時間稼ぎだ。
ちょうど良いタイミングで、背後から駆けて来る足音が響いた。
「っと、あらー…オヒメサマ。お久しぶりですねェ〜」
「……さっそく、侵入……された、か」
レイチェルと鎧騎士を囲むように、燕尾服の男と仮面の男が現れる。双子の弟のハザマと、魔術研究家のレリウスだ。






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