BBハザジン小説

□狐達のとある休日(前編)
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狐達のとある休日






「……」
のそりとベッドから上体を起こしたハクメンは、無表情のまま陽の差し込み始めた部屋を見つめた。
実際のところ、目は見えていない。だがぼんやりとした光くらいは感じる。
……そろそろ起きるか。
ハクメンが眠気にまどろむ頭に触れようと腕を動かすと、腕に引っかかっていたものがぼそっと落ちた。
音がした方へ無意識に視線を動かし、ハクメンはそろりとそれに触れる。
案の定、よく知った指の長い綺麗な手。
ゆっくりと撫でてみるが、それの主からの反応は返ってこなかった。発達した聴覚が拾う隣からの寝息に、まだ眠りの園にいるのだと判断する。
ハクメンは気遣うように静かにシーツを除け、ベッドから抜け出した。
既に部屋の間取りは覚えているので、見えなくとも移動に然したる支障はない。
迷いなく目指した先の洗面所で顔を洗おうと蛇口に手を伸ばすと、スルスルと体に巻き付いてくる気配に気付いた。
ペットの大蛇が戯れに来たのだと分かっていたハクメンは、気にすることなくそのまま水を出し、顔を洗い始める。それなりに重量がある上に、三匹とも絡まってくるものだから相当重い。
しかし2m越えで筋肉質なハクメンの体はその程度で困るわけもなく、当たり前のように洗い終えた顔をタオルで拭いていた。
「……御早う、ウロボロス。分かったから、少し離れてくれぬか」
ちろちろと細長い舌を出しながら頬にすり寄ってくる三匹に、ハクメンは声を掛ける。大蛇なんて恐ろしげに感じそうなものだが、人懐っこい彼らをよく知っているハクメンは手を伸ばし、満足するようにひとしきり撫でてやった。
顎を擦り寄せていた蛇達は気が済んだようで、それぞれハクメンの腕や腰にコンパクトに絡まり直す。
身動きが取れるようになったハクメンは三匹を引っ付けたまま、キッチンへと足を運んだ。このやり取りはいつもハクメンがいると行われるものだったので、別段珍しくはない。
手探りで小鍋を取り出し、水を注いで火に掛ける。次いでもう一つ同じように火に掛けた。
慣れた手つきでコーヒーメーカーもセットし、ハクメンは湯が沸くまでの時間に着替えを済まそうと空き部屋へと行く。
置いてあった少量の荷物から着物を取り出すと、体に巻き付いていた蛇達が床に降り、その着物をくわえて持っていてくれた。

目が見えないハクメンの手伝いをしようとしてくれる彼らには、いつも助かっている。
寝巻用に着ていた浴衣を脱いだハクメンは、蛇達が持っていてくれた着物に袖を通し、手早く帯を締める。
浴衣を着物ハンガーにぶら下げ、ハクメンは一度頭を振り、抑え込んでいた力を解放した。
妖気とともにふわりと現れたのは、白く尖った狐の耳と根元から9本に分かれた大きな尻尾。ベッドで眠るときに邪魔で仕舞い込んでいたのだが、長時間そうしているとどうにもむず痒く、時々解放したくなるのだ。
凝りをほぐすように肩を竦め、ハクメンが歩き出そうとすると、蛇達がまた楽しそうに絡んできた。どうやら扇状に広がる太い尻尾がお気に入りらしく、よくじゃれ付かれる。
戯れている蛇ごとゆらゆら尻尾を揺らしながらハクメンがキッチンへ戻ると、勝手知ったる何とやらで冷蔵庫を開け、手探りで卵やササミ、野菜を幾つか取り出す。
卵をパックごとキッチンに置くと、蛇達はそちらへ顔を向けて、卵を器用に取り出し始めた。
湧き始めた鍋の中へ入れ、楽しそうに菜箸で転がす。彼らの飼い主の好物がゆで卵で、毎朝それを作っている姿をを知っているからだった。
茹で卵は蛇達に任せ、ハクメンはもう一つの鍋に刻んだ野菜とササミを入れて茹でていく。
さっと茹でて温めたササミを掬い蛇達に渡すと、はぐはぐと美味そうに食べた。おやつ代わりにたまにやると喜ぶのだ。
野菜を煮込んでいる鍋にブイヨンを入れ、今度は食パンをトースターへ。目は不自由だが、どれくらいタイマーをひねれば良いかは体が覚えていた。
しかしジャムを取り出し、テーブルセッティングでもしようかと思った矢先、唐突に背後から抱きつかれた。
「ハクメンちゃん、おっはよ〜。今日も魅惑の腰が、イイくびれっぷりだぜェ?」
「! ……朝から張り付くな。鬱陶しい」
無遠慮に腰を撫で回す背後の男に、ハクメンはあからさまに顔をしかめる。
この部屋の主であるテルミだ。だがハクメンは、五月蠅い輩が起きてきた、と胸中で嘆息するのみだった。
振り払うように9本の尻尾をまとめて叩きつけると、顔面に当たったらしいテルミが「ぶはっ」と声をあげて離れていく。
「……それ、高速で当てられっと凶器だわ」
「貴様にも有るだろう」
「全ッ然、質量が違うっつの。こンだけあると、なんかマジすげェわ」
「触るな。もう一度叩くぞ」

笑いながら白い九尾を両腕で抱きしめてくるテルミを、ハクメンはじろりと睨む。
生憎テルミのにやけた顔は見えないが、こたえた様子もなく笑っている気配がした。微かに聞こえる風の揺らぐ音に、テルミが自前の尻尾を出して振っているのも分かり、ハクメンは溜め息をつく。
「……是をテーブルに置け。直、トーストが焼ける」
「はいはーい」
手の中のジャムをテルミに押しつけると、意外にすんなり尻尾から手を放して引き受けた。無駄に絡んでくる割には引き際がさほど執拗ではないのが、この男の上手いところだ。
ついでにフォークやスプーンも取り出して並べてくれるテルミに少し感謝しつつも、お湯を捨ててちょうだいとつついてくる蛇達に向き直り、ハクメンは鍋を傾けてゆで卵をザルにあける。
茹であがった熱い卵を流水でよく冷やし、別の食器へ入れ直したところでチンとトースターが鳴った。
「ウロボロス、皿二枚」
セッティングを終えたテルミがトースターを開けながら、蛇達に命令する。慌てたようにガタガタと引き出しを開け始める蛇達に、危ないぞと声を掛けてハクメンはスープの入った鍋を取り上げ、火を消した。
塩胡椒で味を調えてから野菜のコンソメスープをスープ皿に分け入れていると、トースターを皿に乗せたテルミがこちらに近付いてくる。
「な。俺達、夫婦みてェだなーっとか思わねェ?」
「思わぬ。寝言は寝て謂え」
声を弾ませながらくだらないことを言うテルミを一刀両断し、ハクメンは空になった鍋をシンクに持って行った。
恥ずかしがっちゃってカっワイィ〜などと、尚も見当外れなことを言う男に、包丁を投げつけてやろうかと思わず考えたハクメンだったが、無視して鍋を洗うことに集中した。








この奇妙な共同生活が行われるのは、学校が休みになる週末だけだった。
それも二週間に一日だけ。
本来は敵同士であるテルミとハクメンだが、とある契約により一緒に時間を過ごす。
「なァ、ハクメンちゃん。どっか行きたいとこねェ?」
ゆで卵を頬張りながら、テルミは正面にいるハクメンに訊ねた。
スープを口元に運んでいたハクメンが、少し顔を上げる。
「唐突だな、如何した」
「あー…、ほら。いっつも俺の部屋ってのも、あれだろ? たまには気分変えて、外行くのもどうかなって思ってさ」
無表情の端正な顔を観察しながら聞くと、ハクメンの長い髪から覗く白い耳がぴくんと動いた。

「異な事を謂う。家事の代行を所望したのは貴様であろう。この部屋を離れては、契約が成立せぬ」
真面目よろしく至極もっともなことを言うハクメンに、テルミは眉をひそめて唸る。
ハクメンの言い分は正しい。だがそもそも、ムカつく吸血鬼に頭を下げてまでハクメンを借りる約束を取り付けた本当の理由は別のところにあった。
テルミがハザマや他の仲間、上司にあたる『帝』の行動を吸血鬼にリークするという、極めて危険な裏切り行為を犯してまで手に入れたかったのは、ハクメン自身だった。
いつもは残忍で情のカケラも自分が、何をガラにもないことをしているのかと思う。……が、ハクメンが愛おしく、手に入れたくて仕方がないのだと気付いてしまった。
しかし、自分の気持ちに気付く前にハクメンの目から光を奪ってしまった事実は、テルミにとって負い目となっていた。
武装すれば視力に困らないこともあってハクメンは気にしている様子はないのだが、彼が真っ直ぐであればあるほど、テルミは強引な手段にも出ることが出来ずにいた。
だから建前上、テルミの家事手伝いをするという約束になっている。もちろんそれを信じて疑っていないのはハクメンだけで、吸血鬼――迦具土高校の理事長レイチェルはテルミの本当の望みに気付いていたが、敢えて黙認してくれていた。
『何かされそうになったら、容赦なく斬り捨てていいわよ、英雄さん』という牽制の言葉は投げつけられたが。
……とにかく、この四六時中ハクメンと居られるということが、テルミにとって極めて貴重な時間なのだ。
いつまでも忠実に契約を守ろうと家事をこなすハクメンに焦れて、デートに誘おうと思ったテルミだったが、ハクメンは相変わらずそういう方面では鈍感で的外れな応答が返ってくる。
「……もしや、買い出しか? 其れならば必要な物を謂うが良い。私が買って来よう」
「いや、だからさァ……そういうんじゃねェんだわ。どっか外に行こうぜっつってんだよ」
「ふむ? ならば留守番をしている間に掃除を……」
「だーかーらー、俺はハクメンちゃんと行きてェのッ!」
思わず力んで、剥いた卵の殻をぐしゃりと潰した。
テルミの剣幕に、じゃれついていたウロボロスがビクッと硬直し、ハクメンの緋色の眼が僅かに見開く。
不思議そうに一度瞬きをし、焦点を結ばない眼がこちらを凝視した。







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