BBハザジン小説

□狐達のとある休日(前編)
2ページ/4ページ





「私と……?」
「そう。だから行きたいとこ聞いてんの。……この際、契約のことは忘れろ堅物」
怪訝そうに聞くハクメンに、テルミは舌打ちしながら答える。
本当にこの男、悪意には敏感でも好意にはとことん疎い。
高い位置で結わえた藤色の髪を揺らし、ハクメンが何か思案するように視線を泳がした。
「……映画だの遊園地だの、貴様が食堂に来る度言っていた戯れ言は、もしや本気だったのか……?」
「今頃そーゆーこと言うかァ!? あーもー、これだから天然はタチ悪ィんだよ、ッたく」
イライラとテーブルを指で叩き、テルミは頬杖をつく。
ご主人様の機嫌が悪いぞと慌てたウロボロスが、宥めようと絡んできたが、テルミは黄金の尻尾で打ち払った。
まだいまいちピンと来ていないらしいハクメンが首を傾げるような動作をしたので、テルミはハァと大きな溜め息をつく。
なんで気付かないんだ、このクソ真面目野郎は。
「誘ってたの、本気に決まってンだろーが。冗談で毎日男を口説くバカが、どこに居ンだよっ」
「……何」
気恥ずかしさから、視線を逸らして早口で吐き捨てると、ハクメンが驚いたように声をもらす。
やっと分かったかと横目で様子を盗み見ると、ハクメンは手元のスープを無意味にかき混ぜながら、何か思案しているようだった。
「そうか。……察せられず済まなかった。しかし其れ程までに映画館や遊園地に行きたいのならば、私でなくとも適任者は他に――」
「テメェはアホかッ!? 全ッ然、分かってねェし!!」
見当外れなハクメンの言葉に、テルミはいよいよ頭を抱えて雄叫びをあげる。
重症だ。天然すぎだコイツ。
こっちは裏切りのリスクを負ってまでハクメンを指名しているのに、その理由に全くこれっぽっちも気付かないとは。
そんなに存在感ないのか、俺?
そういえば、ベッドが一つしかないことを理由に同じベッドで寝ることで合意した時も、渋りはしたもののあまりに普通の対応というか……。
思い切り抱きしめているのに、ハクメンは意に介さず背を向けて眠っている。
何度イタズラしてやろうかと思ったが、妖怪として格上のハクメンに適うはずもなく。蛇三匹はすでにハクメンに懐いているので、押し倒すのを手伝わそうとしても拒むだろう。
結局、正攻法で落とすしかないのだが、ハクメンのこの鈍さにはほとほと手を焼いていた。
深呼吸をして、テルミはハクメンを見据える。

「俺は、お前とどっか行きてェの。旅行でも買い物でも何でもいいから、ここ以外のどっかに遊びに行きてェわけ。意味分かったか? 家事はもういいから、お前の行きたい所、さっさと教えろっつーの」
少し身を乗り出し、テルミは回答を促した。
苛立ったように言い募る様に、ハクメンは緋色の瞳をゆっくり瞬く。
「……我等は、敵同士だが」
「それも、今はナシナシ。大体、俺、最近別になンもしてなくね? ごくたまーに理事長室行っても、クソ吸血鬼は何も言わねェだろ」
テルミがそう指摘すると、ハクメンは思い当たる節があったようで、考えるような仕草をした。
確かに敵同士ではあるが、テルミは以前のように好戦的ではないし、ハクメンもまた守る側であるが故に手出しされなければ刀を抜かない姿勢なので、テルミが何か仕掛けない限り衝突は起きえない。
レイチェルもテルミが態度を改めたことで(根本的に信用していないが)、顔を合わす度に飛び出す嫌味は以前より減った方だ。
ハザマが学校に入ってきたので今後どうなるかは分からないが、基本的にテルミはハクメンに危害を加えるつもりはない。この前にジンを少しからかったくらいで、至って無害なものだ。
ハクメンもその点は納得したのか、顔を上げてこちらを見た。
「其うだな……」
「だろ? どうせ休戦状態なんだし、どっか遊びに行こうぜ。……で、どこがいいわけ。ハクメンちゃんは」
「……何処、と謂われても」
身を乗り出して聞くと、ハクメンは戸惑ったように視線をさ迷わせる。
困惑を素直に表す端正な顔を観賞しながら、テルミは答えが出るのを待った。
ハクメンはレイチェルとの契約により、普段は学校から離れることがない。個室は簡素ながら与えられているものの、夜も校内で就寝し、毎日朝を迎えるのだ。
学校の敷地内から出るのは、テルミの住むマンションに来た時だけと言っても過言ではない。あの土地を守護することを選んだハクメンは、レイチェルの厳命ではなく自らそうしているのだろうが、テルミには不健康に見えて仕方がなかった。
ハクメンならば、一体どこに行きたいというのだろうか。好奇心も手伝い、テルミは悩んでいるらしいハクメンが答えるのを待った。
ウロボロス達も尻尾を絡めながら、ハクメンの方をのぞき込む。考えがまとまったのか、ハクメンがテルミの方を見た。
「其うだな……神社へ、往きたい」
「……は?」

至極、真面目に言ったハクメンのその言葉に、テルミはぽかんと口を開ける。
神社……、神社?
テルミはハクメンの言葉を反芻し、キリキリと眉をつり上げた。
「妖怪が、神社ァ!? アホかテメェっ、天敵じゃねェか!」
ぶわっと尻尾を逆立てテルミがテーブルを打つと、ハクメンは何故怒っているのか分からないとばかりに、首を傾げる。
「稲荷神社ならば、大丈夫だったぞ?」
「オイオイッ、行ったことあンのかよ! なんで平気……あー、そっか。九尾レベルだと霊獣扱いか」
事もなげにそう答えたハクメンに、テルミはツッコミつつ気付く。
九尾は、狐の妖怪の最終形態だ。長い年月を経て産土神なども取り込み、妖怪の枠では収まらない存在になったのだろう。
そうなると、ハクメンが神社で歓迎されても、テルミはそうはいかないということになる。
それに気付いたテルミはため息を吐いた。
「却下。」
「何故だ」
「お前が行けても、俺が行けねェし。結界で閉め出されンに決まってんじゃんか」
「……其うか」
問題外とばかり呆れたように言ったテルミに、ハクメンは少し納得したように俯く。確かに指摘通りだと思ったのだろう、それ以上の反論はしなかった。
しかし、藤色の髪からのぞく白い耳がぺたんと垂れてしまっている。
涼やかで整ったハクメンの表情は何ら変化がないのだが、白い耳と尻尾は正直に落胆を表していた。
……なにこれ、ちょーカワイイんですけど。
残念がっているのが丸分かりな様に、庇護欲と嗜虐心を同時に刺激されて、テルミは内心悶えかけた。
なるほど、萌え殺されるとはこの事かと痛感しながらも意地でも表情には出さず、さてどうするかと思案する。
神社などと物騒な場所にテルミはもちろん行きたくないし、辛気くさいにもほどがあると思うのだが、こうもハクメンが行きたそうにしているなら連れて行くだけでもした方が良さそうだ。
点数稼ぎという打算が働くのは否めないが、ほとんど自由のないハクメンのささやかな望みくらい、叶えてやれればと思う気持ちもあった。
「わーかったよッ。行きますって、行かせてイタダキマスー」
「別に……無理を強いている訳では無いのだぞ? 貴様の好きな場所へ出掛ければ良い事だ」
「分かってるって。だから神社行った後は、俺の行きたいとこに付き合えよ。な、それでおあいこじゃん?」
遠慮するハクメンに、テルミはそう提案する。

変に真面目で律儀なハクメンが後込みしないように予防線を張ったのだが、狙い通りにハクメンは「それならば……」と納得する姿勢を見せた。
「私の方からも稲荷神に入れて貰える様、頼もう」
「あ? 別にいいって、神社なんて面白くねェし……」
「空気の澄んだ、綺麗な場所だ。貴様もきっと気に入る」
そう言って勧めるハクメンが、嬉しそうに口端を上げてふわりと微笑するものだから、テルミは思わず息を呑む。
お前の方がよっぽど綺麗だっつーの。
胸中で悪態をつき、その内容がこっぱずかしいことに遅れて気づいて、更に撃沈する。
……ダメだ、重症だわ俺……。
らしくない感情に振り回される自分に幻滅しつつ、機嫌良く白い耳を立てたハクメンがウロボロスと戯れるのを見つめた。






次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ