BBハザジン小説

□狐達のとある休日(前編)
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遠いが、車で伏見稲荷大社へ行くことにした。
高速道路を使えばなんとかなるだろうと、テルミはハクメンを乗せてスバルのレガシィを走らせる。
「あー……途中、眠っちまいそうでヤベェし、どっか寄ってコーヒー買うわ」
「珈琲ならば、作って水筒に入れてきたぞ。飲むか?」
「え、マジで? なんか荷物乗っけてんな〜とは思ってたけどよ……もしかして他にも何かあるわけ?」
「即席だが、ベーグルサンドも作ってきた。貴様の好きな茹で卵も在る」
「……もうお前、嫁に来いよ」
「? 黄泉に来いとは、物騒な」
「ちげェッつーの! あーもー、この天然さえなけりゃなァ……」
「何の話をしているのだ」
「なんでもねェ。いいからコーヒーくれよ、ハクメンちゃん」
主夫として完璧なのに、全然噛み合わないハクメンとの会話を諦め、テルミは前方を見て運転しながら、片手でちょいちょいと催促する。
すると心得たハクメンがカップにコーヒーを注いで、手渡してくれた。
……ホント、よくできた嫁だ。







目的地に到着した頃には昼を過ぎていたが、ちょうど周辺は人通りも多く賑わっていた。
神社に便乗して多くの店が建ち並ぶ中、着流し姿で長い髪を揺らすハクメンは良くも悪くも目立つ。
そのハクメンの手を引いて歩くテルミもまた、自然と視線を集めていた。
外で物々しい武装をするわけにもいかないハクメンは盲目のままなので、誘導してやらなければ歩行も困難だ。学校内のように知り尽くした場所や剣道部のような気配を読みやすい空間ならば問題ないのだろうが、流石に慣れていない土地では注意しなければ道にも迷ってしまう。
ひんやりした爪の長い綺麗な手を堂々と握れることに少し優越感を抱きながら歩いていたテルミは、煎餅屋に並ぶ変わった形のお菓子に目を留めた。
二つ購入して一つをハクメンに渡すと、その形を手探りで確かめたハクメンが少し驚いた顔をする。
「狐の面、か?」
「そ。稲荷を奉ってっからな、そこらじゅう狐グッズばっか売ってるぜ」
狐の顔を象った、大きめの甘い煎餅菓子にかじり付きながらテルミが言うとハクメンは緋色の目を瞬き、興味深そうにそれを見つめる。
ひとくちかじり、「うむ、美味い」とハクメンが呟いた。
「以前訪れた時は、夜中だったからな。町は初めてだ」
「あーなるほど。そりゃ店も閉まってるわな」

「……しかし、済まぬな。私が人間の通貨を持ち合わせておらぬばかりに……」
「あ? ……ああ、これ買ってやったことか。別にいいって、いつも美味い飯食わしてもらってんだし。つーか、クソ吸血鬼に小遣いくらいせびれよ。完全にお前、タダ働きじゃん」
遠慮がちに煎餅菓子を口に運ぶハクメンを見ながら、テルミはバリバリと豪快にかじる。
長い間、人間に封じられていたハクメンを解放したのは確かにレイチェルだが、それにしても使用人のように扱うのがテルミには気に入らなかった。……半分、嫉妬もあるが。
「私は今のままで、特に不便を感じていない」
「分かってねェだけだって。昔と比べりゃ、世の中も色々変わってんだしよ。金はあって困るもんじゃねェぜ?」
不思議そうなハクメンにニヤリと笑いかけ、テルミは白い手を取って歩き出した。
「ま、俺が養ってやっから、そこは心配しなくていいけどよ」
「……? 何故、私が貴様に世話をされるのだ」
文句を言われないのをいいことに指を絡めながらそう言うと、ハクメンは益々不可解そうな表情をする。
「近代化した今の日本にいんのは俺の方が長ェんだし、任せとけってこと」
「確かに、其れは真の事では或るが……」
どこか釈然としない様子のハクメンを引っ張り、テルミは先へと進んだ。
稲荷神にあやかってか、いなり寿司を並べる店が多く、酢飯と揚げのいい匂いが漂う。それに気付いたハクメンは、くんと鼻を泳がせた。
「やっぱハクメンちゃんも、揚げが好きだったりすんの?」
「否、特には。貴様も揚げを好む訳では無かろう。……だが、何処か懐かしい香りだ」
昔はよく供え物で置かれたなと呟き、ハクメンが薄く笑う。
ハクメンは人に封じられていたとはいえ、大きな祠を建てて奉られていた。身動きは取れないが、定期的に神主が鎮めに訪れたり、日々周りの住人が手を合わせに来ていたことから、ハクメンにとっては悪くない待遇だったらしい。
テルミとしては、いくら崇められようが縛られた状態は絶対に御免被りたいが。
全く、お人好しなこって。
そんなことを思いながらテルミは手をつないだまま砂利道の坂を上り、神社の方を目指した。
しかし、店が減り厳かな雰囲気になってくるにつれ、足取りが鈍くなっていく。
精神的なものではない、物理的に足が重い。

足先には何も変化は見られないのに、鉛を付けられたような遅々とした動きに、ハクメンが怪訝そうな顔をした。
「如何した、テルミ」
「…あー…、行かせる気ねェってこったろ。このクソ神社は」
舌打ちしてそう言うと、ハクメンは眉間にシワを寄せて顔を険しくする。テルミの足元に絡む気配に、気付いたのだろう。
鳥居の結界より手前で妨害を受けたのは少し意外だったが、ここが聖域である以上、ただの妖怪であるテルミにとって不利なのは分かり切っていたことだ。
「お前だけで行って来いよ。俺は別に、ンなつまんねェとこ行きてェわけじゃねェし……」
無理に進む必要もないのだからと、後ずさろうとしたテルミだったが――近付いてきたハクメンに、何故か背中と足を掴まれてギョッとした。
抵抗する間もなく、足をすくい上げられて一瞬で横抱きにされてしまったテルミは半開きの口を引きつらせる。
「ちょ…ッ、テメェ何やって……!?」
「私と伴に往けば良い。何の非も無い貴様が、拒まれる理由は無かろう」
思わぬ体勢に慌てるテルミにお構いなく、ハクメンはそう言って涼しい表情のまま鳥居へと歩いていった。長身で怪力ゆえに、テルミを抱えることなど何ら支障を感じていないようだ。
しかし、周囲の注目を集めるには十分だった。
着流しの美青年に姫抱きされて、同じく男が運ばれる図。
この状態で視線を集めないわけがなく、恥ずかしいやら情けないやらでテルミはハクメンの腕から逃れようともがくが、結界の呪縛のせいでまともに動くことすらできなかった。
マジで放せッ、この天然!と詰って厚い胸板を叩いてみるも、全く聞く様子もなく、ハクメンは長い髪を靡かせて歩いていく。
だが朱い鳥居の真下へ差し掛かった時、テルミがぞわりと寒気を感じると同時に、行く手を阻むように人魂のような光が現れた。
普通の人間には見えていないであろうそれを、ハクメンは凝視する。
「只、参拝に詣っただけだ。其れ以上の事は何もせぬ。悪いがまかり通すぞ、稲荷神」
凛とした声でそう告げたハクメンは、反応を待たずに鳥居へと足を踏み入れた。
強引すぎだろと内心焦りの声をあげるテルミだったが、見張り役と思しきその光は、威圧に押されるように揺らぎ、横へと逸れる。
「……済まぬな」
一言謝りを述べて、ハクメンはテルミを抱えたまま鳥居をくぐり抜けた。

何事もなく朱い鳥居を通り過ぎ、テルミは細い目を瞬いてハクメンを見遣る。端正な顔はごく当然とばかりに平静だった。
人魂はどうなったのかと、行く手を塞いでいた光へと視線を向けてみるが――いつの間にか跡形もなく消えていた。どうやらハクメンの強引な主張に、一応折れてくれたらしい。
テルミは身構えていた反撃がなかったことに内心安堵するが、自分の状況を改めて認識して、ハクメンの腕の中で暴れた。
「オイ、早く降ろせよっ」
「……もう大丈夫なのか」
「動けるから、放せっつーの!」
押しやりながら叫ぶと、ハクメンは言われるまま徐にテルミを降ろした。平然とした顔から、多少の抵抗など全く意に介していないのが窺える。
先程まで重かった足取りは元に戻り、何事もなかったように威圧は消え失せていた。
通しても問題ないなら、最初からすんなり通せばいいものを、とテルミは胸中で詰る。
背中から突き刺さるような無数の好奇の目に、テルミはギロリと睨み返し、さっさと坂をのぼり始めた。
「早く終わらせンぞ、ハクメン」
苛立ちながら、そう吐き捨てる。
ハクメンはテルミの不機嫌に僅かに首を傾げながら、後を追った。
それから坂を登り幾つかある鳥居をくぐるが、先程の妨害がまるで嘘のように何事もない。
中央に建つ大きな神社の前で他の参拝者が手を合わせるのを見て、テルミは「あそこか」と呟いた。
「……近いのか?」
「ああ、そこに……って、階段あっから――」
気ィつけろ、と言おうとした途端ハクメンの草履がカツッと石段にぶつかり、その長身が傾ぐ。
思わず支えようとテルミが差し出した手と、態勢を立て直そうと掴むものを探したハクメンの手が運悪く衝突し、驚いたハクメンは手を引っ込めた反動で更に態勢を崩した。
ハクメンは妖怪として高い能力を持つため、先程のような鳥居や結界の気配には聡い。だが石段のような無機物では気配も読めず、意外に何気ない普通の道の方が危うかった。
数段高い位置に立っていたテルミは咄嗟に、両腕で傾ぐハクメンの頭を強く抱き寄せる。
「あ、ぶねっ!」
「……ッ」
胸元に押しつけるように抱き込んだハクメンが、一瞬困惑しながらもテルミにしがみついてきた。長い爪が脇腹辺りに食い込む感触に顔をしかめながらも、なんとか転倒を免れたハクメンの頭を見下ろす。






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