BBハザジン小説

□狐達のとある休日(後編)
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狐達のとある休日(後編)




最上階のレストラン街へ移動した四人は本格イタリアンの店に入り、昼食を食べながら話の続きをしていた。
しかし本来の話題になるべきジンとハクメンがもともと口数が少ないが為に、テルミとハザマの方がほとんど話していた。
特に居心地が悪くて仕方がないジンは、パスタをつつきながら適当に反応を返すだけだ。
一通り説明を聞き、ジンは秀麗な顔をうんざりしたように歪めて溜め息をついた。
「……もう分かった。そいつも貴様らと同じってことだろう」
「確かに同じ妖怪ですが、立場が違います。彼は異国の吸血鬼と協力関係にあるんですよ……!」
「そんなこと、どうでもいい。僕は人間だ、争い事なら貴様らだけで勝手にやっていろ」
憤るハザマに、ジンはにべもない言葉を投げかける。
店の隅の方を陣取っているとはいえ、妖怪だの吸血鬼だの、真剣に話している姿を見咎められれば頭がおかしいと思われるのは必至だろう。
これからしばらく同居するのだから、一緒に部屋をコーディネートしましょうなどと言われて引きずってこられた先で、さらに見たくない顔と出くわすとは……つくづく運が悪いとジンは内心鬱々としていた。
まだハザマのことはよく分からないが、テルミやハクメンはもっとよく分からない。
紳士面をしつつもハザマの本性が怖いことは既に知っている。双子だというテルミも、言動こそ異なるものの本質は同じだろうと推測される。
いまいち判断がつかないのはハクメンだ。話を聞くに、彼も狐の妖怪だという。ジンにとっては敵であろうが味方であろうが人間でない時点で問題外だが、異様な外見を除けば初対面での態度もごく普通だという印象を受けた。
無表情のままパスタを箸で食べるハクメン(フォークが使いづらいらしい)を盗み見ると、横からハザマが非難がましく言い募った。
「ハァ、全く。クソ吸血鬼の番犬代わりとは、落ちぶれたものですね」
「私は手先に成ったつもりは無い。只、彼女と共に迦具土と民を護っているに過ぎぬ」
「……彼女?」
ハザマの苛立ちにも冷たく返すハクメンに、ジンは怪訝な眼差しを向ける。先程から話に幾度も出てきた「吸血鬼」とやらは、どうやら女性のようだ。
ジンが疑問の表情を浮かべたのを見、ハザマが初めて気が付いた。
「すみません、失念していました。ジンくんはまだ、アレの正体を知らなかったですね」
「アレ……?」

「あのうざッてェクソチビ……もとい、理事長に任命されたばかりのご息女のことですよ。先代から吸血鬼でして、忌々しいことにあの地域周辺を支配してるんです」
顔はいつもの笑ったままで器用に舌打ちしながら、ハザマがそう告げる。よほど嫌っているのか、言葉遣いも素が垣間見えた。
「しかも、あのアマときたら! ハクメンの妖力を利用して、八百万の神まで支配下に置いてるんです。とんだ冒涜ですよ」
言いながら苛立ってきたらしいハザマが、フォークでハクメンを指し示す。
しかし敵意を向けられたハクメンは特に反応もせず、涼しい顔でそれを見ているだけだった。
一体何にこだわって彼らが敵対しているのか、ジンには到底分からない感覚だが、挑発に乗る様子もないハクメンを見てハザマに疑問の眼差しを向ける。
「……で、それは何か不都合なことがあるのか?」
「え? どういうことです?」
「あの学校を吸血鬼とこの男が支配下に置いているってことに、どんな不都合が生じるんだ?」
人間であるジンからすると、ハザマの言い分は妖怪同士の縄張り争いくらいにしか感じられない。
ジンのその素朴な質問に、ハザマが一瞬眉根を寄せた。
「……迦具土に災いが起きた時、帝の守護が得られません。洪水や地震が起きて、人間に被害が及んだら困るでしょう?」
「帝?」
「日本の妖怪を統べる方です」
当然のようにそう答えるハザマに、ジンはふうんと納得しながらも「親玉」なるものがいたことを意外に感じる。魑魅魍魎はそれぞれ好きに跋扈しているものだと思っていたからだ。
ハザマの言い分に、ハクメンは別の部分で引っかかったのか、少し睨むように目を細めた。
「その地の災いや恵みに影響を及ぼすのは、産土神や神道・仏教の領域だ。我等妖怪の関わる処はそう多くない。そもそも何者で在ろうと、自然を人間にのみ有利に働かせることは出来ぬのだからな。……その男の言い分は詭弁に過ぎぬぞ」
最後にハザマからジンへ視線を向け、ハクメンが静かに警告する。騙されるなと緋色の瞳が語っていた。
その真摯な眼差しに、ジンはハクメンの主張の方が信憑性があるように感じる。
ハクメンもジンの注視に気付いたらしく、自ら説明を重ねた。
「我等が護るのは、あらゆる生命の調和だ。人間も妖怪も吸血鬼も、扱いは変わらない。故に迦具土は、帝の支配的な統率を良しとしない者の駆け込み寺に成っているとも言える」

「……ああ、なるほど。帝やハザマが保守派で、貴様とあの高校の理事長が革新派というわけか。妖怪の中で言うところの」
「? 其の喩えは良く分からぬが、私も吸血鬼も争いたい訳では無い。昔からあの地に住み、愛着が或ると謂うだけの事。今更、帝に管理される謂われは無いで或ろう」
ハクメンはそう言い、軽く溜め息を付く。
最初は吸血鬼と妖怪の異文化や異種族の対立かと思っていたが、どうやら人間社会でもよくある少数派への弾圧といったところか。
人間も妖怪も変わらないなとジンは胸中で思った。
支配者側は全てを支配し、管理していないと不安なのだろう。そうしなければ、自らの地位を脅かされかねないからだ。
ジンが養子として迎えられた宗家も支配階級なため、そのやり方に反発する気持ちは十分理解できる。
……ただ、ジンは抵抗することをとうの昔に諦めてしまっているのだが。
自分の問題でも手一杯だというのに、ひどく面倒な高校に編入してしまったものだと改めて後悔していると、ハザマは苛立ちがおさまらない様子でテルミの方を見咎めた。
「ちょっとテルミ、さっきからだんまりとはどういう了見ですか」
「……あ? 俺?」
「貴方、前に説得するとか言ってませんでしたか? このクソ真面目な堅物を」
「あー…」
途中から黙々とランチを平らげていたテルミが、話を振られて意外そうに顔を上げる。
暫く視線を空中にさ迷わせ、今考えついたように口を開いた。
「別に今ンとこ命令受けてねェし、急がなくていいんじゃね?」
「あのねェ……呑気にも程がありますよ」
おざなりな態度に、ハザマの苛立ちが増す。
しかしテルミはそれを意に介した様子もなく、フォークに付いたトマトソースを長い舌で舐め取りながら、こちらをちらりと見た。
「お前、キサラギ家に構いっきりで学校の方はよく知らねェんだろうが……あそこの敵は吸血鬼とハクメンちゃんだけじゃねェんだぜ? 下手に藪をつついて蛇…くらいならまだいいが、手に負えねェ猛獣出てきたらどーすんだよ」
「……!」
つり上がったテルミの眼が、意味深に細まる。ハザマはその意図を察したらしく押し黙った。
あの学校、妙な人物が多いのはそういうことか。
ジンはなんとなく言わんとするところを理解し、溜め息をつく。
対照的に、テルミを横目で見ていたハクメンは、僅かに感心するような呟きをもらした。
「ほお、気付いていたのか」

「1年いたらそりゃ気付くわ。……ハクメンちゃん、そのサラダちょうだい」
「あの学校には、姿見えぬ同胞が多いからな。……目当ては茹で卵であろう、其れだけ取るが良い」
「あンがと。そーいや、野菜は好きだもんなハクメンちゃん。俺のいる?」
「否、要らぬ」
真面目な話の合間に、テルミがハクメンのサラダにフォークを伸ばす。それをごく普通に受け止め、ハクメンは皿をテルミの方へ寄せた。
嬉しそうにテルミはゆで卵を突き刺し、口へ放り込む。
強い違和感に駆られ、ジンは柳眉を寄せた。
「聞いている限りでは、敵同士のはず…だな?」
テルミとハクメンを交互に見てから、思わず助けを求めるようにハザマを見ると、「ええ、全くおっしゃる通りですよ」と苦虫を噛み潰したような表情で言われた。
この2人は対立しているはずなのだが、正直仲がいいようにしか見えない。
今日偶然はち合わせた時点で一緒にいた辺り、普段からそうなのだろう。そういえば2人は高確率で一緒にいる(テルミが絡んでいるとも言える)。
敵は敵以外のものに見えないジンにとっては、その関係性は理解できないと同時に、興味深くもあった。
「ま、俺もハザマも諜報メインだし、荒波立てて正面衝突は勘弁だわな。……だからもうちっと学校に慣れてから、その辺りの話は煮詰めようぜ」
眼を細めたテルミがハザマを見、ジンを見る。ハザマと同じ琥珀色の眼に射抜かれ、僅かに緊張した。
あの眼は慣れない。嫌いな満月に似ている。
憮然としつつもハザマは一応納得したのか、それ以上は何も言わなかった。
そんなハザマの横顔を見、そういえばこんなにも不愉快げな表情を見せる様はあまり見たことがないと気付く。
大体が笑っている男だ。兄弟であるテルミの前だから感情が出やすいのだろう。
……なるほど。僕は『部外者』というわけか。
まあ、生け贄くらいにしか思われてないのだろうから当然か。冷静に現状を分析しながらも、余計に腹立たしくなってきたジンは無言でパスタを平らげた。
先に食べ終わったテルミが、コーヒー頼もっかなーと呟きながらメニューを開く。
そして不意に、何かを思い出したように顔を上げた。
「しっかし、お前も気が長ェよなァ。その餓鬼の為に、帝にもキサラギ家にも根回しして――ッ痛!」
「すみませんねェ、虫が居たものでつい」
突然メニュー越しにテルミを掌で叩き、ハザマがしれっと謝る。






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