BBハザジン小説

□狐達のとある休日(後編)
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ジンは驚いてハザマを見るが、何故かニッコリ爽やかに笑いかけられ、「ジンくん、食後のデザートいりますか?」と聞かれた。
今し方のやり取りなど、最初からなかったかのような振る舞いと、有無を言わせぬ笑顔に圧され、ジンは適当に紅茶が欲しいとしか答えられない。
鼻頭にメニューを叩きつけられたテルミは、ハザマを睨みながら不機嫌そうに舌打ちした。隣のハクメンは、事態がよく分からず不思議そうな顔をしている。
「虫など居なかった筈だが?」
「……俺が虫だって言いたいんだろーよ」
「? 貴様は狐だろう」
「そーゆーことじゃないッつの」
真面目すぎてピントの外れた発言をするハクメンに、テルミが眉間に皺を寄せる。しかし説明したところで無駄だと思ったのか、テルミは「ハクメンちゃん、ジェラート食うか?」と話題を変えた。
食後のデザートと飲み物をそれぞれ追加で頼むと、先程とは打って変わって、他愛ない話になる。
「俺らはこの後、服買いに行くけどお前らどうすんだ?」
頬杖をついたテルミが、不意にこちらを見ながら聞いてきたので、ジンは当初の予定通りに家具を買いに行くと言おうとしたのだが、いつもの胡散臭い笑みを浮かべたハザマに遮られた。
「私達も服を見に行きましょう」
「……は? 何を言ってるんだ。別に必要ないだろう」
「私が、ジンくんに買ってあげたいだけです。転校祝いってところですかね〜」
嬉しそうに目を細めて(元々細いが)、ハザマが言うのでジンは眉間に皺を寄せる。この狐はまた何か企んでいるのだろうかとちらりと考えるが、一々抵抗するのが面倒になりつつあるので、好きにすればいいとだけ言った。
おざなりな返事だったのだが、それにハザマは満足そうに笑ったので、ジンは可笑しな奴だと思いながらもどこかくすぐったいような心地になる。
なんでそんなにも、僕なんかに構うんだか。不可解に感じながらも、今のところは無害なので放っておこうと思うが……。
ウエイトレス が運んできた飲み物やデザートを口に運びながら、ふとハクメンがすまなさそうな表情でテルミを見た。
「……今日は貴様の世話に成ってばかりだ。済まない」
「はァ? まーだ言ってんのかよ。俺が好きでやってんだからいいんだっつの。ハクメンちゃん、気にしすぎ」
テルミはハクメンの心配を杞憂だと笑う。
しかしふと真顔になり、そういえばとハザマの方を見た。
「俺ら、もうすぐ誕生日じゃねーの?」
「……そういえばそうですね。ばたばたしてて、すっかり忘れていましたが」
ふとそんなことを切り出したテルミに、ハザマはカップから口を離して頷く。
ジンはもちろん、恐らくハクメンも知らなかったのだろう。緋色の眼を瞬いて、テルミの方を流し見た。
ジンは誕生日云々よりも、そんな話題を切り出したこの二匹の狐の思惑に嫌な予感がよぎる。
「4月29日は、私達の誕生日でしたね〜」
改めてそう口にしながら、ハザマがこちらをチラチラと見てきた。やっぱりかとうんざりした心地で、ジンはあえて何も気付いていないように目を逸らす。
「そうか。良かったな、おめでとう」
「え〜、それだけですか? プレゼントをくれたり……」
「知らん。仮にも教師だろう、学生にたかるな」
「いえいえ、物でなくてもいいんですよ。膝に乗ってハグしたりキスなんかしてくれれば……」
「死ね、変態」
訳の分からないハザマのお願いに、ジンはにべもない言葉で返した。しかしそれに堪えた様子もなく、むしろ楽しそうに「何を頼みましょうかね〜」などとのたまっている。祝ってやるなどと言ってもいないのに、何を勝手なことを言っているのだか。
都合がいいことばかり言うのはテルミも同じようで、ハクメンの方を覗き込んで切れ長の眼を細めた。
「俺、ハクメンちゃんが作ったケーキ食いたい」
「ケーキ? ……済まぬが、まだ西洋の菓子は作った事が無い。味の保障は出来ぬぞ」
「いいぜ、構わねェよ。ハクメンちゃんの料理の腕なら、不味いもんにはならねェだろうし。んじゃ約束な。当日、俺んち来いよ」
何故わざわざ作らなければならないのかという根本的な疑問もなく、ハクメンがすんなり話を吞み込んだものだから、テルミはしてやったりと口端を上げる。どうも普段から交流があるせいか、それくらいのことは大したことではないとハクメンは認識してしまっているようだ。
しかしふと何かに気付いたように、ハクメンは厳しい表情を浮かべた。
「……待て。契約外の外出は吸血鬼の許可が要る。彼女に頼むが良い」
「うげ。なんでだよ、ちょっとくらいいいじゃん」
「駄目だ。逸何時、何が或るか分からぬからな。予告も無く私が不在で、戦力外に成ってしまっては吸血鬼も不都合を被るであろう」
真面目宜しく正論を言うハクメンに、テルミが苦い顔をする。どうやらテルミはハザマと違ってレイチェルを敵視しているというよりは、色々とハクメン絡みで関わるのが苦手なようだ。
自分がハクメンの立場なら、吸血鬼の存在を盾に徹底的に寄せ付けないようにするだろうが、当の本人にはそういう考えはないらしい。それが何とも言えず奇妙な関係だとジンは思った。
そして自分にはそういった切り札は、ない。普段の自分を守るのはキサラギ家の名声であり、整った容姿や文句のつけどころのない好成績だ。だがそれをものともせず、むしろキサラギ家に取り入って逆手に取っているハザマには何の意味もなさない。ハザマを追い払うことも出来ず、目的であった兄にも拒まれ、友達と言える者もいないジンにはなす術などなかった。
社会的に庇護を受ける立場というのは、実に不便だ。取れる選択肢の幅が狭すぎる。
思わず黙ったまま眉間に皺を寄せるジンを見て、ハザマが丸い緑の頭を揺らしてこちらを覗き込んだ。
「ジン君? 深刻に捉えてません? 言ってみただけですから、気にしないでくださいね」
思い詰めた顔をしてしまっていたのか、ハザマがさっきと打って変わって、気遣わしげに声をかける。それに少しの安堵を覚え、そんな現金な自分に遅れて苦笑が漏れた。
大見得切って養父の意思に逆らってここまで来たのだ。悲観するなどお門違い。……もっと強くあらねば。
ジンはふと口端を意地悪げにつり上げ、ハザマに笑いかけた。
「僕も、ケーキくらいなら用意しよう。それでいいか」
「え……? いいんですか?」
「ただし市販のショートケーキだ。文句は受け付けない」
「えー! ちょっと、そこは手作りにしてくださいよっ」
不満を言うハザマに、知るかとばかりにツンと言い返し、ジンは少し胸がすいたように思った。
そのやり取りを見ていたテルミが、面白げに眼を細めて伝票を掴む。
「んじゃ、そろそろ服買いに行こうぜ。ハクメンちゃんが浮きっぱなしで視線が痛ェーし」
「……其れ程迄に、私の身なりは可笑しいのか……?」
テルミが茶化しながら立ち上がるのを見上げて、ハクメンがややショックを受けたように表情を曇らせる。確かにテルミの指摘は正しく、昼時で人の増えた店内ではハクメンの姿は視線を集めていた。
ただ実際のところ、ハクメン一人せいではなく緑頭の二人やジンのせいも含まれるが。
「まァ、今の時代は浮くわな。でも俺がイイの見繕ってやっから、安心しろよ」
自信ありげにそう言うテルミに、ハクメンは不安そうな表情を滲ませる。
半分払いますよ、と遅れて立ち上がったハザマに続きジンも席を立った。
……今はまだ深く考えたところで、どうしようもあるまい。もう少しハザマや帝とやらのことを知ってからでも、判断するのは遅くないだろう。
今度、ハザマやテルミがいない時にハクメンに接触して詳しく聞いてみようとジンは考えながら、盲目の男を翡翠色の眼で眺めた。






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