BBハザジン小説

□狐達のとある休日(後編)
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人の世話は焼くくせに、自分が世話を焼かれるとどうしていいか分からない。そんな慎ましさの塊が、ハクメンという男らしい。
そんなことを考えながら、テルミは差し出された服に戸惑うハクメンの整った顔を眺めていた。
「着方が分かんねェなら、着せてやんよ?」
「否、要らぬ。……しかし之は、高い物なのでは無いか?」
「大したことねェーよ」
「だが……質の良い綿麻を使っている。縫製も細かく、端の処理が丁寧だ。安くは或るまい」
「チッ…、いいから着ろって! もたもたしてっと、ここで引ん剥くぞッ」
下手に目利きが利くだけに(実際の眼は見えていないが)、ハクメンは渡されたシャツの着用を渋る。焦れたテルミが舌打ちしながらハクメンの衿を引っ掴むと、流石にこんな売り場の真ん中で脱がされては堪らないと思ったらしく、分かったと不承不承頷いた。
服を一式渡してハクメンを試着室に押し込んだテルミは、こちらを興味深げに見ていた女店員を一睨みしてから、ハザマとジンの様子を窺った。
ハザマは上機嫌で色んな服を手に取っては、ジンに当ててみて「これも似合いますね〜」などと言い、ジンを呆れさせているようだった。
テルミの目から見ればハザマの様子は惚気全開だが、まだ一緒に生活して日が浅いジンは分からないようで、ひどく不可解そうな表情をしている。ジンがお気に入りだという事実をハザマ本人もまだ認めないだろうが、傍から見れば丸分かりだった。
自分もなかなか自覚が持てなかっただけに、ハザマとジンがこれからどういう関係になるのか楽しみなところだ。
「……テルミ」
「ん…、ハクメンちゃん?」
不意に背後から掛けられた声に驚きながら、テルミは試着室の方を振り返る。
見ると、爪の長い白い手がカーテンの隙間から覗いていた。
「済まぬ、やはり此乃衣類の構造が良く分からないのだ……。教えを請えるだろうか」
半端な姿になってしまったのか、ハクメンはすまなさそうに謝りながらも顔は見せない。頼りなげに漂う手を取り、テルミは知らず湧き上がる歓喜に口端をつり上げた。
「仰せのままに」
わざとらしく頭を下げてそう言い、テルミは店員の目を盗んで試着室に体を滑り込ませる。
男二人が入るとなると狭さは否めないが、至近距離のハクメンを見上げてテルミは思わず口笛を吹いた。
「ハクメンちゃん、色っぽいな〜」
「……茶化すな」
率直な感想を言うと、顔をしかめられてしまう。しかし、テルミにとっては据え膳も同然の姿だった。
ハクメンの上半身には、白黒のデザインシャツが羽織られているのだが、その前は大きく開かれており厚い胸板が覗いている。下半身も渡した黒のスラックスを履いているものの、前は開いたままだ。
とりあえず着ることはできたようだが、ボタンやファスナーをどうしていいか分からなかったらしい。
その中途半端に乱れた姿が、逆にそそるのだと言ってみたところでハクメンには理解不能だろう。
「このボタンはここに掛けんだよ。……ほら、こうな」
テルミはハクメンの手を取って、ボタンと穴の位置が分かるように誘導した。
見えない緋色の眼を手元に向けて、ハクメンはテルミの説明に耳を傾ける。上から包み込むように手を握って動きを補助すると、ハクメンはそれを素直に受け入れてボタンを掛けていった。
「んで、こっちはファスナーっつって、これを上にあげりゃいいだけだし。着物きるよか簡単だろ?」
「……ふむ」
スラックスのファスナーも教えると、ハクメンは前を閉じて僅かに納得の表情をみせる。着物の帯と比べれば実に簡単だ。
テルミは用意していた濃紫のネクタイを取り出し、ハクメンの首に巻いていく。
「……此れは如何に着用する物なのだ?」
「ネクタイっつー、まあ…飾りみたいなもんだからな。今は俺が付けてやんよ」
不思議そうにこちらを見るハクメンにそう説明しながら、テルミは手際良く結んだ。普段から帯を付けるハクメンなら習得は早いだろうが、彼の生活を考えればネクタイを付ける機会は極端に少ない。
最後に上着に袖を通させて、とりあえず自分のイメージ通りに仕上がったハクメンの姿にテルミは満足げな表情を浮かべた。
「よッし! 男前に仕上がったぜ」
二の腕を叩いてテルミがそう太鼓判を押すと、ハクメンは見えていないせいか居心地の悪そうな顔をする。
見立てが間違っていなかったことを証明しようとテルミが試着室のカーテンを開くと、ちょうど服について尋ねていたらしいハザマと店員がこちらへ振り返った。
試着室に二人入っていたことに、店員があっと顔を驚かせるが、その反応は無視してテルミはニヤリとハザマに笑いかける。
「どうよ、イ〜イ感じじゃね!?」
自信満々にそう言うテルミにハザマは一瞬呆れたような眼差しを向けたが、ハクメンを視界におさめると、細い目を僅かに開いて驚きを見せた。
「……似合ってますね」
一瞬、言おうか言うまいか迷ったのだろう。微かに間を明けて、ハザマがそう感想を述べた。
ハクメンに対して反感を持っているハザマから肯定的な言葉を引き出したのだから、出来は上々だ。
あとは高く結わえられた長い髪をちょっといじればいいかな、と思いながらテルミがハクメンを見上げていると、意外な声が鋭く割り込んだ。
「まるでホストだな。悪目立ちするんじゃないのか?」
秀麗な顔を僅かに歪め、ジンが冷ややかな眼差しを向けていた。
自分の見立てにケチを付けられ、テルミは反射的に反論しようと口を開いたところで、ハクメンの「そうか」とすんなり受け止めた返事に出鼻を挫かれる。
「船は船頭に任せよと謂う。此の時代を生きる人間、ジン・キサラギよ。貴様の見解ならば如何にすれば浮かない恰好に成り得る?」
傍から見れば悪口か皮肉にしか聞こえないジンの言葉を、ハクメンは特に気分を害した様子も無く逆に問い返した。
その素直な反応にジンは僅かに驚きの色を見せたが、短いながらもハクメンの言動を見ていたせいか、この男はそういう性格なのだろうとすぐに受け入れたようで問いの答えを探し始めた。
「そうだな……。フォーマル寄りになっているのがいけないんだと思う。中のYシャツをTシャツに変えた方がいいだろう。あと、スラックスも硬い印象を与えるからジーンズにしたらどうかな」
悩みながらもジンが顎に手を当てながら提案すると、ハザマと店員も確かにと頷く。
もともと嫌でも目立つ長身に藤色の長い髪、加えて端正な顔立ちのハクメンともなれば、人ごみの中に溶け込ませること自体が難しい。
本人に似合う恰好というよりは、周りの恰好に近いものを選んだ方が良い……という理屈は分からなくもないが、テルミは自分のセンスを否定されて思い切りへそを曲げた。
「成程。私には判り得ぬが、其の方が良いのならば其うしよう。テルミ、悪いが彼の謂う服に変えてくれぬか」
「えー、ヤダ。こっちの方が断然、俺好みなんだけど」
「……貴様の好みの問題では無いだろう」
腕を組んで不満げにテルミが抗議すると、ハクメンは緋色の眼を瞬き、微かに苦笑を浮かべる。
困った男だ、とでも言いたげなそのどこか柔らかい眼差しに、テルミは落ち着かない気分になった。
自分好みに仕上げたのがマズかったかもしれない。少しカジュアルなスーツに身を包んだハクメンは、男の目から見ても十分に格好良くて魅入られる。
和服もいいけど、スーツもエロいわ。
組み敷いて襟元を引き千切り、露になった首筋に喰らいついたら、この秀麗な顔はどんな風に歪むだろうか……。
思わず顔が崩れそうになって無理矢理平静を装い、テルミは「しゃーねェなァ」とそっぽを向いて呟いた。
「コーディネートはジンちゃんの案で行くわ。でもこの服も一式買っとくからな」
「な…、待て。此れは買わずとも良いだろう」
「普通の服が一着しかないってのも、困んだろ」
テルミがそう言うと、ハクメンは慌てたように制する。
「だが、其処までせずとも……!」
「うっせ! 俺が買うんだから、文句はなーしッ」
鼻先に指を突き付け、テルミはハクメンの反論を封じた。現代の通貨を持ち合わせていないハクメンには言い返す余地も無く、思わず黙り込む。
少し意地悪だったかと思いはするものの、やはり好きな相手に贈り物をしたいし、自分好みの服を着せたいと思う。
ハクメンはまさか自分がそういう対象で見られているなど、思いも寄らないだろうが。
テルミは溜息をつき、納得できないとばかりに柳眉を寄せてこちらを見る、ハクメンのネクタイを掴んで強引に引き寄せた。
「今度の誕生日祝い、ケーキ以外に美味い卵料理も作ってくれよ。それでチャラな」
「……!」
鼻先が触れ合う程の距離で、テルミは笑みを浮かべてそう言うと、ハクメンは目を瞠る。
どんどん勝手にこちらが貸しを作っていっているだけなのだが、律儀なこの男はそれに疑問も持たずに「承知した」と答えた。
……妙なところで素直だから心配になるな、ホント。
自分にとって都合がいいから黙っているものの、もし純粋に親類関係だったりしたら心配で堪らないだろう。悪い男に引っ掛かりはしないかと。
自身も十分タチが悪いが、まだ好意なだけマシだと胸中で言い訳しながら、テルミはネクタイを離し、ハクメンに合いそうなTシャツとジーンズを探しに歩き出した。







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