BBハザジン小説

□A餌付けも悪くない
2ページ/2ページ




ジンはどちらかというと、諜報部のハザマという男は苦手だった。しかし具体的にどこが、とは挙げ難い。何故なら、殆ど彼に関して知らなかったからだ。
だがそれでも感じる、何かしこりのような違和感に、ジンはハザマと距離を取ろうとした。だというのに、こんな有様だ。
半ば諦めの境地で、ジンは目の前のレストランを見つめていた。ハザマに連れられて辿り着いたのは、意外にも隠れ家的なこじんまりとした店だった。
店は悪くない。しかし何故この男と昼食なんだ?
疑問は喉まで出かかっているが、声にまではならなかった。ここまできて拒む特別な理由もないし、何よりハザマの慇懃な態度を冷たくあしらえるほど鬼でもない。
そうだ、そもそもハザマの態度が丁寧且つ親身なのがいけない。悪く言えば飄々として捕え所がないのだろうが、表面上は紳士的な態度を取っているので、ジンとしては非常に拒みにくい相手だった。同じ十二宗家の出であるツバキ=ヤヨイという幼馴染みがいるのだが、彼女も非常に礼儀正しく、ジンが絶対に冷たく接することが出来ない人間の一人だった。
敵意を向けられれば、敵意で返すのが自分の流儀だ。それが逆の感情であっても同じこと。
流石に握られた手は振りほどかせてもらったが、ジンはハザマに誘われるまま店の中へと入っていった。
「いらっしゃいませ」
カランカランと鳴り響くベルと共に、ウエイターの穏やかな出迎えを受ける。店内も綺麗な欧風民家といった内装で、落ち着いたものだった。
ランチタイムということもあり席の半分以上は既に埋まっていたが、比較的上流階級の客が多いようで、煩くしゃべる者は殆どいない。皆、純粋に食事を楽しみに来ているようだった。
無駄に豪華過ぎもしない、だが安っぽくもない、まさに品が良いという言葉が当て嵌まるレストランにジンが驚き、思わずハザマを見ると微笑を返された。
「どうですか、いい感じでしょう?」
「……ああ、そうだな」
ニコニコと笑うハザマの言葉をそのまま肯定するのがなんだか癪で、ジンは少し目を逸らせて頷く。そんな素直でない態度を気にすることなく、ハザマはウエイターと短く言葉を交わすと、案内で奥の席へと進んだ。
「ここはサラダバーがあるんです。ドレッシングも豊富ですから、少食な少佐でも食べやすいと思いますよ」
「サラダバーか、それは有り難いな」

席に着いて帽子を外したハザマが、厨房前のカウンターを指して説明する。見れば、確かに色鮮やかな野菜がサラダボールに入れられて並んでいた。遠目から見ても、珍しい色の玉葱やパプリカ、ハーブなどが盛られており、安い食堂に有りがちなサラダとは明らかに違う。
「少佐は、メインが魚料理のランチセットでいいですよね」
「ん? ああ……」
ランチ用に置かれたメニューを手に取り、ハザマがごく当然のようにそう聞いた。思わず生返事を返してから、ジンは少し首を傾げる。
「なんで今、魚にした?」
「え? だって少佐、肉が食べれないでしょう」
「……何故、知ってる!?」
さらりと答えたハザマに、ジンは驚愕した。普段からあまり人と関わらない為に、ジンが偏食気味であることを知る者は皆無に等しい。にも関わらず断定したハザマに、薄気味悪さすら感じてジンは口元を引き攣らせた。
その反応に、むしろ得意げにハザマは人差し指を立ててみせる。
「私、これでも諜報部ですから。少佐のことなら、身長体重はもちろん3サイズから下着の色まで把握してますよ♪」
「気持ち悪い嘘を平然とつくな! …というか職権乱用だ、それはっ」
どこまで本気だか分からないハザマの言葉に、思わず喰ってかかる。いくらなんでも、自分でさえ測ったことのない3サイズや下着まで分かるわけがない。……はずだ。
とはいえ肉類が食べられないのは事実で、ジンはなんとも気持ち悪い心地に顔を歪める。しかしそんなことなどお構いなしに、ハザマはウエイターを呼んでテキパキと注文を済ませていた。
「では、メインが来る前にサラダを取りに行きましょうか」
「大尉……」
この男、どこまでもマイペースだ。
もはや色々ツッコむのも面倒になり、悠々と席を立つハザマに合わせてジンも腰を上げた。





やわらかい春キャベツに、レッドオニオンと完熟トマトをスライス、新鮮なオリーブを散りばめてサーモンマリネを混ぜ合わせれば、舌も喜ぶサラダの出来上がり。
前菜代わりに出た、こして煮詰めたカボチャスープも、甘くて口当たりがいい。色鮮やかな茹で野菜を添えた白身のソテーも、バジルソースがきいていてあっさりと喉を通る。
どうしよう。予想以上に美味しい。
思わず無言で食べながら、ジンは素材の味が活きた料理に舌鼓を打っていた。

特別変わった料理ではないが、野菜の切り方や面取りが丁寧で、非常に舌触りがいい為、あまり食べ物を受け付けない体でも簡単に喉を通る。野菜の味を引き立てるように旨味を閉じ込めたソースも、手間隙がかけられているのが分かる。決して高級な食材を使っているわけではないのに、調理の仕方でここまで差が出るのかと思わされる料理だった。
「しょーさ」
「……ん?」
不意に猫撫で声でハザマに呼ばれ、ジンは手元を止めて顔を上げる。すると、映える緑の髪を揺らしてにっこりと笑うハザマと目が合った。
「笑うと可愛いですね〜、キサラギ少佐」
「……!? …ッぅ、けほ!」
いきなりな言葉に、ジンは思わず噎せる。飲み込もうとしていた白身が気管に入りかけた。
何がどうしてそんな台詞が飛び出て来るのか、皆目検討がつかないが、とりあえず目の前の男の頭がどこか可笑しいことは再認識した。一体なんのつもりだ。
「意味が、分からない……!」
水を流し込み、ジンはなんとか呼吸を整えて掠れ声で叫んだが、ハザマは何が楽しいのか相変わらず細い眼を三日月にして笑っていた。
「料理、お気に召して頂けたようで良かったです。少佐が嬉しそうに食べてるのを見てると、和みますね〜」
「なご……!?」
思いがけない言葉に、顔が引き攣る。どうやら知らぬ間に顔を綻ばせながら料理を食べていたらしい。
美味しいのだから仕方ないとはいえ、非常に恥ずかしかった。無意識だったということが、余計に。
じわじわと頬に熱が上っていくのを感じて、ジンは視線を茹で野菜に落とし、フォークでつついた。
「……う、煩いな。僕の顔なんか見るな」
「えー、嫌ですよ。少佐の顔、好きなんですから」
「! だから、そういうことを平気で言うなっ」
ふざけた冗談に、キッと睨みつけるが、ハザマはにこにこ笑っているだけで堪えた様子は全くない。どうしてこの男は、こんなに厚顔無恥なんだ。
いや、こんな奴など相手にしなければいいんだ。過剰反応するから面白がられるんだろう。
無視だ、無視。そう念仏のように唱えながらジンが料理を口に運んでいると、既に食べ終わったらしいハザマが、メニューを開いて見ていた。
追加で何か頼むのだろうかと思っていた矢先、ハザマがいいものを発見したとばかりにメニューを指差した。
「デザートに、スペシャルイチゴパフェがありますよ。頼みます?」
「……は? 何を言ってる」

「だって少佐、この前喫茶店で大きなパフェをひとりで食べてたじゃないですか」
「!! だからなんで知ってるんだ貴様はッ」
またもや平然と個人情報を口にしたハザマを怒鳴り付けて、ジンはメニューを取り上げた。
何なんだコイツは。何故、休日の僕の行動まで知ってる!?
すべて筒抜けになっている不気味さに、ジンは思わずこれから先のことが思いやられる気分だった。
やはりこの男と食事に来たのは、間違いだったかもしれない。――既に、遅かったが。




後日、きっちり変装していたにも関わらず、喫茶店に入ろうとしたところでハザマに声をかけられたジンが目撃されたとか、されなかったとか。




END




ハザマは何でも知っている。



前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ