BBハザジン小説

□行き着く先は
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長い長いループが終わった。やっと、待ちに待った新たな時が刻み始めた。
失敗作の後始末に何度も手を焼いたテルミにとっては、それは悲願だったのだ。
――だというのに、何故こんなにも不愉快な気持ちになるのだろう。
「はははッ! やった、やったよ兄さん! 秩序は消えたッ……消してやったよ!」
狂ったように、金髪の青年が笑っている。それを目の前にしたラグナは、異質なものでも見るように顔を歪めていた。状況は何一つ理解していない馬鹿な子犬ちゃんだが、流石に弟の様子がおかしいことには気付いている様だ。
それもそのはず。外見はジンそのものだが、中身が変わってしまっている。多くのアークエネミー所有者が辿る末路に、行き着いたのだ。
こうなることは、既に予想がついていた。ループ終点付近で、ジンはいつも半ば壊れかけていた。ループが終わり、そのまま時が進めば侵食が進むことは分かりきっていたのだ。
氷剣ユキアネサに成り代わられる前に始末出来れば、厄介な相手ではなかったのに。ヤヨイ中尉も使えない、とテルミは胸中で吐き捨てた。
「なんだってんだよ……!?」
不気味に笑うジンに気圧され、ラグナが後ずさる。斬り掛かられることは何度かあっただろうが、正気を失った様は幼少の頃の悲劇を彷彿とさせるのかもしれない。
「……表に出られて、そんなに楽しいですか?」
嫌悪もあらわにたじろぐラグナに不可思議な苛立ちを覚え、テルミは物影から進み出た。まだハザマの皮は被っていたが、既に正体を知っているラグナはテルミの姿に顔を険しくした。
「! テメェは…ッ」
「うっせぇーんだよ、子犬ちゃん。あとでたっぷり遊んでやっから、今はすっこんでろ」
噛み付こうとした野良犬を見もせずにあしらい、テルミはジンに近付く。ラグナは憤慨した様子だったが、テルミは意に介さなかった。
現れたテルミを見て、ジンが不意に笑うのをやめる。しかし口元は醜く歪んだままだった。
「何の用だ。僕はまだ兄さんと遊ぶんだ、邪魔をするな」
「あァ? 別に好きなだけやりゃーいいんじゃねぇ? テメェらがどこで殺し合おうが知ったこっちゃねェーしィー」
隠す必要もなくなり、テルミは素の口調で投げやりにそう言ってやる。実際、もうノエルの精練以外に興味はなかった。
ジンの皮を被ったアークエネミーなど、論外だ。

とはいえ、精練最中に周りが騒がしいのは面倒だった。
「まぁ、邪魔って言やー邪魔なんだよなァ。折角のステージ、傷付けられたら困るじゃん?」
……だから、さっさと死ねよ。
吐き捨て、テルミはウロボロスを振りかざした。蛇のように伸びるそれを、ジンは冷めた表情でかわす。
そんな顔だけ、元の主と同じ。それが酷く癇に障った。
練り上げた術式を一気に叩き込み、ウロボロスから無数の大蛇を引きずり出す。距離感など関係ない、テルミの周辺一帯が重い空気に包まれ、ジンとラグナの体を絡め取った。
「人間様気取ってんじゃねーぞ、このクズ兵器がッ!」
「ッ! がッ、ぐ!」
太い鎖が、ジンの細い首に絡み付いて締め上げる。へし折る勢いで引き絞るとギチギチと音を立てて、白い肌から鮮血が噴き出した。擦れた皮膚が裂けたのだろう。
どうでもいい。こんな壊れた人形なんて、価値はない。
「ジンッッ!」
黒い靄のような蛇に四肢を縛られたラグナが、あっという間に血濡れになったジンに悲鳴じみた怒号をあげる。どうやら、まだあれが弟だと思っているらしい。
テルミは口角を上げ、もう一本鎖を投げつけた。先に碇の付いたそれはジンの腰を絡め取り、地に下半身を縫い付ける。
「ヒャハ! このまま首だけもぎ取ってやんよッ!」
高らかに笑い、テルミは首に巻き付けた鎖を一気に引き寄せた。固定された胴体と引っぱられる頭部に、ジンの首が軋みをあげる。血をべったりと張り付けた顔で、ジンが歯を食いしばりながらこちらを睨みつけた。
足掻いても、もう遅い。人間の体は急所だらけで脆いもの。
しかし肉が引き千切れる手応えが伝わる前に、閃光が走った。
「――ッ!」
引いていた鎖が砕け、跳ね上がる。力の拮抗を失ったその衝撃に、テルミはたたらを踏んだ。ひしゃげた鎖がジャラジャラと耳障りな音を立てて、足元にとぐろを巻く。
手応えのなくなった腕をだらりと落とし、テルミはクッと喉奥で笑った。予期していたが、確信は持てなかった存在が現れた。この腹の底から沸き上がる昂揚は、果して憎しみか喜びか。
一人の白い剣士が、テルミの前に立っていた。コォォォ…と不可思議な音を立て、呼吸に合わせて厚い胸板が上下する。長く靡く髪も白く、手に携える野太刀もまた白い。
やっと来た。
テルミは止まらない高揚感に、口端を釣り上げていた。さっきまでの灰色の世界が嘘のように、視界が白く眩しく染まる。

「ヒヒ……ヒャハハハハッ! テメェ、消えてなかったんだなァ!? 会えて嬉しいぜぇ、ハクメンちゃんよォ!」
「……相変わらずの様だな、貴様は」
高ぶる興奮のままに叫ぶと、白い仮面の下から呼気に混じって呆れたような声が聞こえた。そこに感情の起伏は殆ど感じられなかったが、それでも構わないとテルミは思う。
本来ならばループの中でしか成立し得ないその存在が、事象干渉のズレから今も存在し続けている。それが何よりも嬉しかったのだ。
いつもこの魂は違うところを見ていて、常に誰かの物だった。肉体も精神もぐちゃぐちゃにしてやって、それでもこちらを見ない。それが、90年あまりの時空の漂流を経て、やっと自分の前に姿を現した。
立ち塞がるその姿形は変わっても、芯に残る硬質な魂は変わらない。その頑なな魂を、再び捕まえて屈服させられる悦びに、テルミの心は浮き立った。
「来るとしたら、テメェかクソ吸血鬼だろうと思ってたぜ〜? さァ、盛大な前座を始めようじゃねェーかッ!」
「もう悪事を働くなと言った筈だが……貴様への言の葉は無意味であったか」
帽子を投げ捨てて叫ぶテルミに、ハクメンが刃を向ける。足元には一命は取り留めたものの虫の息になったジンが這いつくばっているが、二人にはどうでもよいことだった。
これから始まる最高のショーに興奮しながら、テルミはネクタイを解いた。
「来な、ハクメンちゃん! 俺様の大蛇で、イかせてやんよッ!」
「悪は……滅する!」
大振りの野太刀を構え、白い剣士が重い一歩を踏み出した。



END




先に理想の結末を書いておこう、ということでハザジンありきのテルハク。
ぶっちゃけハクメンのくだりがなければ、ジンに好感は持てなかったです。
ループしても姿が変わっても、関わり続けている二人の関係がいいと思います。

しかしジンとラグナの扱い酷過ぎ;;



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