BBハザジン小説

□C3mの距離
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「しょーさ♪」
「!」
廊下を歩いていたら、いきなり背後からベッタリと抱き付かれた。
気配もない、予告もない、承諾もない。突然の襲撃にジンの心臓が跳ね上がる。危うく抱えていたものを投げ出しそうになった。
顔をしかめ、ジンは肩越しにギロリと後ろを睨んだ。勝手に人の肩口に顎を載せて、予想通りの顔がへらりと笑っている。
今は特に笑っているせいだろうか、こんなに間近で見ても、ハザマの瞳は微かに覗く程度だった。ちゃんと見えているのだろうかと不思議に思うくらい、細い眼だ。
「何か用か、大尉」
遠慮もなく腰に回されている腕に口を歪ませながら、ジンは不機嫌もあらわに冷めた口調で聞いた。だがこちらの意思などまるで介さず、ハザマは縫いぐるみでも抱くようにジンを抱きしめたまま、いつもの誘い文句を言ってきた。
「お昼、一緒に食べに行きましょうよ」
「悪いが他を当たれ。用事がある」
「えー、そんなの後でもいいじゃないですかぁ。美味しい飲茶が食べれる店、見つけてきたんですよ。行きましょ〜?」
「貴様の紹介なら、尚更行かん。持ち場へ戻れ、ハザマ大尉」
しな垂れ掛かるようにして言うハザマに、ジンはきっぱりと断りを入れる。ここで流されると、後々面倒なことになるのは既に学習済みだ。
先日の屈辱的な仕打ちから、ハザマは更にジンへと図々しく迫り始め、お茶をいれてあげたとか書類を持ってきたとか、小さいことでも見返りを求めてくるようになった。流石にふざけるようなボディタッチばかりだが、昨日は無理矢理キスされていたところを部下に見られそうになり、かなり焦った。
とにかく、この男に貸しを作るのは危険だとジンは判断した。故に、断固として誘いには拒否する。
置いていったスーツ、ポケット全部縫い付けて返してやれば良かった……。そんなことを思いながら、ジンはにこにこ笑うハザマに冷めた眼を向けた。
「とにかく、今は手が離せない。諦めて帰れ」
「嫌ですよォ〜。またしばらく仕事で駆り出されそうですし、今のうちに行っておかないと……、っくしゅ!」
「?」
話している最中で、いきなりくしゃみをしたハザマに、ジンは怪訝な表情を浮かべる。咄嗟に顔を背けたようで直接こちらにかけられずに済んだが、ハザマがくしゃみをしているという構図が何故だか不思議に思えた。
「……どうした?」

「いえ……すみません、失礼しました。おかしいですね、鼻がムズムズして――」
にゃー。
ハザマが首を傾げてそう言った瞬間、ジンの手元から小さい鳴き声があがる。そう言えば、腕の中の存在をすっかり忘れていた。
只今ジンの両手を占拠しているのは、小さい白猫と餌缶。
力づくでハザマを振り払えなかったのはこれのせいだったのだが、存在を主張するように声をあげるそれを覗き見たハザマが、ピタリと動きを止めた。
「……猫……?」
抑揚もなく呟かれた言葉に違和感を覚えて、ジンはハザマを見る。すると、いつも笑顔でしか構成されていないハザマの顔が無表情になっていて、かなり驚いた。
相変わらずの糸目なのだが、まるで表情が抜け落ちようなそれ。口元が真一文字なせいだろうか。目元だけが笑っていて、他のパーツが何一つ笑ってない。
ある意味、器用とも言えるそんな顔をしたハザマに、ジンは首を傾げた。
「今朝方、本舎の敷地内に迷いこんだ猫だ。何か心当たりでもあるのか、大尉」
「……いえ、ありませんけれど」
飼い主を知っているのだろうかと思って尋ねるが、ハザマは眉間に皺を寄せて否定した。
そして妙なことに、腰に回っていたハザマの腕がするすると離れていく。ジンとしては有り難いが、いつも実力行使に出なければ引き剥がせないそれが、自ずと離れていく理由がよく分からなかった。
不審な眼差しを向けるジンに、ハザマは微かに強張った笑みを浮かべる。
「何故、少佐がそんな迷い猫を……?」
「日直の僕が、第一発見者だった。それだけだ。……引き取り手が出てくればいいんだが」
「あ、じゃあずっとそれがいるってわけじゃぁないんですね。それなら良かっ……くしゅッ!」
また、ハザマがくしゃみをした。
さっきのくしゃみが偶然だとしても、流石に二度目は不自然だ。ジンは首を傾げながら逡巡し、記憶の端に引っ掛かっていた単語を引っ張り出した。
「……猫アレルギー、か?」
「! い、いえ…そんなことありませんよ? ハハ……」
何となく思いついたことを聞いたのだが、随分と歯切れの悪い笑いが返ってくる。どうやら図星のようだ。
体質だというなら気の毒としか言いようがないが、まるでそこに結界でもあるかのように3m程離れているハザマを見ると――どうしたって口元がにやける。
「そうか、猫がダメなんだな。良いことを知った」

「ぅ……な、何か良からぬことを考えてません!?」
「別に。この猫、執務室で飼おうかと思っただけだ」
「思いっ切り、良からぬこと考えてるじゃないですか〜ッ」
ニヤニヤ笑いながらジンが言うと、ハザマは非難がましく叫んだ。どうやら本当に嫌で仕方ないらしい。
どうしよう。これは面白すぎる。
この狐面に猫を押し付けてやれば、くしゃみが止まらなくなったりするのだろうか? そんなことになったら、自分は大声で笑い出すだろう。いつもいいようにされっぱなしなだけに、ジンの嗜虐心は高まるばかりだった。
白い子猫を満足げに撫で、ジンはつぶらな瞳に笑いかける。
「よし。今日から僕が飼ってやろう。しっかり魔除けになれよ」
「……私、悪霊ですか? 少佐ぁ〜」
顎の下を撫でられて気持ち良さそうな子猫と笑うジンを見ながら、ハザマが情けない声をあげて肩を落とした。
これくらいの仕返しをしてやっても、罰は当たるまい。ジンは猫の愛らしい顔を見ながら、ほくそ笑みんだ。





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