BBハザジン小説

□Dプレゼント強奪作戦
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「……いかんな、怒りに任せて無駄な時間と労力を使ってしまった。全く以って無意味だった」
大仰に溜息をつき、ジンは頭を振った。いい加減、自分も疲れてきたので固めていた拳を解く。
体から力を抜くと自然と重心が片膝に掛かり、足元から呻き声があがった。
「こ……ここまでやっておいて、そんな言葉で…済ますんですか…?」
「なんだ、まだ足りないのか? 望みとあらば、もっと踏み付けてやるぞ屑が」
「痛たたたっ! いや、あのすみません、カカトに体重かけないでッ! 背骨折れちゃいますから〜!」
ハザマの背を踏み付けていた足に力を入れると、悲鳴があがった。多少軋むような音はするが、ヒールでないだけまだマシだ。
しかし素足のままだったことに改めて気を留め、ジンは踏み付けていた足を退けた。
「いつまでもこんなことしてる場合じゃないな。貴様は早く出ていけ、僕は着替える」
「あ、では着替えのお手伝いをし――げふッ」
「学習能力がないのか、貴様は」
また馬鹿げた発言をするハザマに、ジンは条件反射で一発蹴りを叩き込んだ。激痛に芋虫の如くのたうつハザマに頓着せず、ジンはスーツの衿を掴んでドアの方へと引きずっていく。
やめて首が絞まります、と呻くのも無視してジンはハザマをドアの向こうへ放り出すと、しっかり施錠した。
「さっさと帰れ。いいな!?」
念を押すように、ジンはドアに向かって怒鳴り付ける。呻き声だけで明確な返事はなかったが、ジンは背を向けてクローゼットに近付いた。
折角の休日だというのに、なんでこんなことになっているのだ。溜息をつきながら、ジンは上着を脱いでシャツを身につけた。
誕生日だとか言っていたが、何故僕のところへ来る? 普通は家族や恋人、友達と祝うものじゃないのか?
着替えながら疑問を浮かべるジンだったが、それはあくまで一般的なことであり自分には該当しないので、本当の『普通』がどうであるかは分からなかった。
キサラギ家の養子に入り、次期当主と囁かれながらも、ジンは他の兄弟や縁戚とあまり親しくなく、誕生日を祝われたことがない。大抵、過ぎてしまってから自分の誕生日だったことを思い出すのだ。その為、稀に自分の年齢さえ曖昧になることもあった。
祝われたことのある記憶は、兄と妹とシスターと暮らしていた頃と、士官学校時代にツバキからプレゼントを貰ったことくらいだ。

その時に嬉しくなかったかと言えば嘘になるが、だからといって祝ってほしいと思うほどのことでもなかった。どんな日であろうと、一日は結局ただの一日に過ぎないのだ。
しかしそれを言ったところで、誕生日という理由だけで押しかけてきた男を納得させるのは難しいだろう。無理矢理隣の部屋に放り出したが、そう簡単に引き下がるとも思っていない。……かなり痛め付けたので、流石に帰った可能性もないことはないが。
一応ユキアネサは使わずに拳と蹴りだけだったので、致命傷ではないはずだ…などと、今更少し安否が気になり、ジンはブーツを履き終えてからドアの鍵を外した。
そして隣の部屋へて入って早速、心配したこと自体が馬鹿な行為だったと気付く。
「ハザマ大尉……勝手に冷蔵庫を漁るな」
「朝食、作って差し上げた方が良いかと思いまして〜」
思わず半眼でなって呻くジンに、ハザマは悪びれた様子もなく冷蔵庫を覗き込みながら返事をした。上着と帽子を椅子に掛け、卵やレタスを取り出している様が、まるで出勤前のサラリーマンだ。最初からここに住んでいるかのような溶け込み具合に、ジンは怒りを通り越して呆れた。
もう先程散々暴れたので、もはやどうこうする気力は残っていない。溜め息をつきながら、ジンはハザマに近付いた。
「大尉、朝食は摂ったのか」
「いや〜それが、有休の申請してから慌ててこっちに来たので、実はまだなんですよ」
一緒に頂いてもいいですか?
少し困ったように笑みを浮かべながらそんな風に聞くものだから、駄目だとは言えず。ジンは冷蔵庫の奥からトマトと玉葱を取り出し、ハザマの手からレタスを取り上げた。
「大尉は座って待っていろ。トーストとサラダくらいしかないが、それでいいなら用意する」
「……え、少佐が作ってくれるんですか?」
「味の保障はしないがな」
意外そうにこちらを見るハザマに、ジンはわざと人の悪い笑みを浮かべて見せる。不安がよぎったのだろう、ハザマの口元が少し引き攣った。
別に変なものを入れるつもりも、料理オンチなわけでもないが、独り身の我流料理だ。自分が美味しいと思えば正解になってしまうので、他人が食べてどう思うかは分からない。
しかし今はトーストを焼いてサラダを作るだけだ。マズイものにはなりようがなかった。

社員寮故の狭いキッチンに立ち、ジンは材料を置いて手を洗った。そういえば顔も洗ってないなと思い出すが、とりあえず朝食をハザマに出してからにするかと、後回しにする。
「少佐、お鍋を一つ借りてもいいですか?」
「別に構わないが……何か作るのか?」
座っているように指示したはずのハザマが、卵のパックを片手にそんなことを聞いてきたので、ジンは首を傾げながらも棚から小鍋を取り出した。これでいいかと問いながら渡すと、有難うございますと満面の笑みで礼を言われた。
「私、ゆで卵が好きなんですよぉ〜。これを食べないと、一日が始まらなくって」
嬉しそうに卵をつまみながら、ハザマがそんなことを言う。鍋を欲しがったのは、なるほど茹でる為かと納得するが、随分変わった嗜好だなと失礼なことを考えた。
卵料理は人気が高いが、オムレツなどフワフワした食感を好む場合が多い。あるいはプリンやカスタードなど、お菓子として好きだという場合もあるだろう。そこを敢えて茹で卵に限定している辺りが、ジンには不思議な感覚だった。
鼻歌でも歌い出しそうなほど上機嫌で水を入れた鍋を火に掛けるハザマを横目で見ながら、ジンはトースターに食パンを放り込んだ。
「茹で卵って、パサパサしていないか?」
「固茹でなら、確かにそうですね。でも、ちょ〜どいい具合に半熟に茹でると美味しいんですよぉ? 少佐も食べてみます?」
「いや、僕は別に……」
「まあまあそう言わず。少佐の分も入れておきますね」
断ったのだが無視され、卵を一つ足されてしまった。人の話を聞けコイツと思ったが、楽しそうにスプーンで卵を転がす姿を見ると何だが毒気が抜かれてしまい、まあいいかという気にさせられる。
これだけ厚かましく人の生活圏に侵入しているというのに、結局存在を受け入れてしまうのは、ハザマのこういうところに惹かれているのかもしれない、とジンはふと思った。相手をするのが面倒臭いのだが、楽しそうにしている雰囲気が傍にいて心地いいのだ。自分自身があまり明るい性格でないと分かっているだけに、自分に無い要素に魅力を感じるのだろう。
持ち合わせていないから、羨ましい。そういうことだ、別にこの男を全面肯定しているわけじゃない。分析しながら、ジンはそう自分に言い聞かせるように胸中で呟いた。
しかしそうして思考が逸れたままトマトを切っていたジンは、手元が疎かになっていた。

「……っ」
すぐに手を離したが、親指を浅く切っていた。普段ならこんな失敗しないのに、と自分に苛立ちながらジンは手を洗おうとしたところ、目敏い男に腕を掴まれてしまう。
「! おいっ!?」
そして抗う間もなく手を持って行かれ、傷口を舐められた。ぬるりとした感触に驚いてハザマを見ると、ジンの親指に紅い舌を絡ませながら、嬉しそうに笑っていた。
「少佐の血、なんだか甘い気がしますねェ……」
色素の薄い、金色のような瞳が三日月に歪むその眼から覗いた。それを見た瞬間ぞくりと肌が粟立つような悪寒が駆け抜け、ジンは思わず息を呑む。ちろちろと舌を這わせて笑うその表情が、捕食者めいていると思った。
思わずジンが振り払うように手を引き戻すと、ハザマは思い出したようにいつもの胡散臭い笑みを浮かべて見せた。
「消毒ですよ、消毒♪ 少佐の手に傷なんか残ったら大変ですからね」
「……余計な世話だ」
おどけたように言うハザマを、ジンは眉間に皺を寄せながら睨む。手を切ったのは自分の不注意だが、舐めるのはやり過ぎだ。
蛇口を思い切り捻り、ジンは生暖かい感触を洗い落とすように傷口を擦った。





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