●怖い噺 五


□赤いランドセル
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大学時代に友人から聞いた体験談です

私の大学は結構な田舎でして羽を伸ばす所がこれといってありません

そういう事情に加え学生の多くが車を所有していることもあり、必然と連れ立ってドライブに行くことが遊びの一つになっていました

その夜も私の仲間たちは隣町の峠道まで出かけたそうです。私自身はバイトがあったので参加しませんでした。別に峠を攻めるわけでもなく頂上で夜景を楽しみながら一杯飲もうというのが目的だったとか

峠道や頂上では何もなかったのですが問題は帰り道のことでした

自動販売機を見つけた彼らは飲み物が底をついていたこともあり缶コーヒーを買うために車を路肩に停めたのです。その時少し先の道端に何か置いてあるのに気づきました

外灯もろくに無く暗くてよく見えません

近づいてみるとそれは花束とジュースの缶でした

「ありゃ」「来る時は目に入らなかったのにね」とりあえず皆で手を合わせておいたそうです

一人を除いて

車が発進した後、中で交わされた会話は

「君らよくあんな不気味な物の近くに立ってられるな。呆れるわ」
「不気味ってのは非道くないかい?」
「そうそう、花が捧げてあるくらいいいじゃないか」
「花はいいんだよ花は。俺が言ってるのはランドセルのことだ」

ランドセルだって?

「ほら、花のそばに置いてあっただろう? 一つだけポツンと女の子用の赤いのが」

彼以外の者は誰もそれを見ていなかったのだそうです

「おい、冗談言うなよ。しっかりと置いてあったじゃないか」
「そっちこそ変なこと言うなよな。他には何もなかったって」
「お前ってそういうのが見える人だったっけか?」
「もし俺が見える人だとしたら、幽霊なんてこの世にいないってことだ」

その場の全員が皆、霊など見たことがない人ばかりでした

「その俺に見えたんだから、霊関係じゃないって」
「でも」
「そう、でもお前以外のヤツには何も見えなかったじゃないか」
雰囲気が気まずくなり皆が黙り込んでしまったそうです

とにかく帰ろうということに意見が一致したので帰っていつも溜まり場にしている部屋で飲み直そうとなりました

この時点では皆がこのランドセルの話題はこれで終わりだそう思っていたのです。ですが…車が溜まり場にしているアパートに近づくにつれ皆元気を取り戻し年頃の大学生らしい話題などで盛り上がっていました

しかしなぜかドライバーはアパートの駐車場に入らずにそのまま通り過ぎてしまったのです

「おいおい、何やってんだよ、お前の家を通り過ぎちゃったぜ」
「…ダメだダメだよ、俺ン家じゃダメだ…」
「ああ?何言ってんだよ、いったい」
「ランドセルだよ」
「…何だって?」
「ランドセル背負った女の子が駐車場にいたんだ」

さすがに皆、冷水を浴びせられたような気がしました

運転手君の話によると、駐車場の一番奥の外灯下に赤いランドセルを背負ったおかっぱ頭の後姿がじっと佇んでいたのだそうです

奇妙なことに運転手と、先ほどランドセルだけ見た友人は別人でした。今回ランドセルの女の子が見えたのは運転手だけなのです

「気のせいじゃないのか?今度は俺には何も見えなかったで」
「お前はまだいい。ランドセルだけだったろ。俺は女の子付きなんだ!」
「もう一回、確認してみない?当ても無くウロウロ出来ないし」

そこで引き返して駐車場を覗いてみることにしたのですが…

「…ダメ。まだいる。同じ所であっち向いて俯いてる」
やはり、他の友人には見えないのですがそう言われたら気持ちが悪くて車から降りる気にはなれませんでした

「仕方ない、狭いけど俺の家に行こうや」
「あ…なんか振り向きそう…」
「早く車出せ!」

ここから彼らの眠れぬ夜が始まりました

そう。行く先々でランドセルの女の子が待っていたのです

それも、彼らの内の誰か一人にだけ見えるという奇妙な形で

彼らの家には一歩も入ることができませんでした。まだ深夜営業のファミレスが地元にできる前の話です。こんな夜遅くに学生がたむろできる場所などありませんでした

大学の研究室に行って過ごすか、という案も出たのですが「もしエレベーターの扉が開いた中にランドセルが見えたらどうする?」という一言で行けなくなったそうです

皆が皆、パニックの一歩手前みたいな状態だったと後で言っていました

そんな彼らが最終的に選んだ避難場所は、なんと私の家でした

バイトが終わる時間を見計らって私を拾いに来たのです。事情もわからずに「徹夜で麻雀しよう」と強引に家に連れて帰られました

駐車場の入り口でしつこく確認されます
「なあお前の家の駐車場何か変わったモノは見えないか?」
「例えば赤いランドセルとか…」
「?…車以外に何もないけど?」

よかったと口々に言いながら皆、私の部屋へ転がり込みました

トイレがすぐ隣なのでそれも彼らにはありがたかったようです。一人になるのを嫌がっているのが明白なのでさすがに私も不思議に思い何があったのかを聞きました

麻雀牌をかき混ぜながら彼らは私に事情を説明してくれました
(かなり本気で叩き出してやろうかと思いましたよ、ええ)
麻雀しながらも皆が怖がっているのはわかりました。私も説明を受けてからは結構ビビっていました

「お前さんは拝んでいないから多分大丈夫だと思うんだけど…」
多分という言葉が余計です。本当に迷惑です
しかし、赤いランドセルは私の家には姿を現しませんでした

夜が明け朝が来ると皆くたびれ果てて眠ってしまいました。おそらく精神的に疲れていたのでしょうね。真面目に学校に行ったのは私だけです。彼らは午後からバラバラと授業に出てきました。日が昇ってようやく家に帰れたのだそうです

しかし、一人だけ来ない者がいました。それは最初にランドセルを見た彼でした。心配しましたが携帯電話が普及する前なので連絡がつきません。その日最後のコマが終わるとそいつの部屋に皆で行くことにしました

部屋に着き呼び鈴を鳴らすと憔悴した彼の顔が出てきました

学校に行く準備をしている時に駐車場から見上げるランドセル姿に気付き外に出られなくなったのだそうです。今は見えなくなっているが一人で外に出る気になれないと彼は言いました

いきなり私たちの内の一人が奇妙な声を上げました。その様子から私たちはランドセルの少女がまだここにいることを知ったのです

皆そのままゆっくりと中を見ずに外に出て鍵をかけました

車に乗り込んだ後で尋ねると部屋の隅にランドセルがあるのに突然気付いたとのことでした。私を含め皆泣きそうになりました

しばらくして皆でお払いに行ったらしいのですが何も憑いていない様子だと言われたのだとか

彼らはその後もランドセルを度々見ていたのですが害は無かったようで二ヶ月もすると何も見えなくなったそうです

果たして事故に会ったのは本当に小学生女子だったのかも不明です。もしそうだったならなにかを伝えたかったのか単に寂しかっただけなのか

可哀相だったのは例の最初に目撃した彼で、かなりの間おどおどしていました。しばらくの間は通学中の小学生の姿が本気で怖かったそうです

私は結局、何も見えなかったしわからなかったのですが。途中から皆のヒステリーじゃないのかとも思いました。口にこそ出しませんでしたけどね

−終わり−

何かランドセル自体怖くないですか?
特に背負っている時とか
…まぁ私にはもう関係のない話ですけど…

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