●怖い噺 七


□バスが居付かない理由
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彼曰く、まだバスの放流が違法ではなかった時代の事らしいが
バスフィッシングにひどく熱を入れていたという

友人に誘われたことが切っ掛けで嵌まってしまい、終には自分の持山にある溜池にもバスを放流しようと企んだ

休日になると余所からブラックバスを釣ってきて、せっせと自分の池に放す
そんなことを何ヶ月も続けたという

しかし何故かその池にはバスが居着かない
いつまで経っても、確認できるのは小振りな鮒の類いだけ

「妙だな、俺が放したバスすら居ないっていうのは」

そう訝しみはしたが、根気よく放流を続けていた

そんなある日、遠征がすっかり遅くなり、帰宅した時には既に真っ暗になっていた
いつものように溜池に向かい、バスを放流する

しかし暗闇で目算が狂い、うっかり足を滑らせて、胸まで水に浸かってしまった
慌てて陸に上がろうとしたが、水草に絡まるか何かして、浮かぶことが出来ない
必死で藻掻いていると、誰かが力強い手で彼を掴み、地面の上に引き上げてくれた

「あ、ありがとうございます」

息を整え、礼を述べてから顔を上げる

そこに居たのは、全身が蒼黒い藻で覆われた、人型の何かだった
目鼻口は確認できず、濡れそぼった端から水が垂れている
酷く生臭い

何だこれ!?
混乱している彼に向かい、それはこう言った

「いや、こちらもいつも世話になっているのでな」

世話をした憶えなどない彼が戸惑っていると、嬉しそうに続ける

「いつも魚をありがとう」

「お前さまが持ってきてくれる魚は大きくてよろしい」

その言葉を聞いた瞬間、理解した
してしまった

この池にバスが居着かない理由を

「・・・あ、でも残念ながら、魚を持ってくるのは今日が最後になるんです・・・」

必死で頭を働かせ、漸うそれだけを口にする

「そうか、それは残念だな。本当に残念だ」

それは溜息を一つ吐くと、別れの挨拶を述べてから、池の中へ沈んでいった

その姿が水に没するのを確認してから、へっぴり腰で逃げ出した

彼はその後、すっぱりとバスフィッシングは止めてしまったそうだ
件の溜池に通じる獣道には柵を設け、誰も近よれないようにしてあるという

−終わり−

まぁ 助けてもらったわけですからね

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