●怖い噺 七


□落としたかんざし
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まだ学生の頃、いつもバイトのあと彼氏と駅まで帰るっていうパターンでした

バイト先は神田だったんですけど
土日の神田ってほんと人気がなくて、肝試しをしようと彼が言い出しました

で、古いかんじの工務店みたいなのとトタン屋根の車の修理屋みたいな看板の店との間に細い路地があるのを見つけて
この奥に行ってみようってことになりました

石畳の薄暗い路地に、まずは彼氏が入っていきました
わたしも少し時間差で人通りが無いのを確認してから続きました

外から見た以上に通路は真っ暗で、突き当たりは反対の通りのビルかマンションの建設現場で、ブルーシートがかかってました

「余裕じゃん」て言ったら
「しゃべるな、しゃべるな」って彼が鋭い小声で言って、わたしの手を掴みました
それでものすごい勢いでわたしを引っ張って戻るんです
??とか思ったけどいつも明るい彼のただならない様子に、黙って従いました

工事現場に人でもいたのかな?って振り返ろうとしたら
「振り向くな」って彼が言いました

うしろでかすかに、じゃりって土を踏む音が聞こえました
そのとき、ものすごい勢いで全身に鳥肌が立ちました
なんでかはわかりません
何かを理解して鳥肌がたったとかではないです

同時に、からん、と何か硬いものが落ちる音が聞こえました
彼が手を強く引っ張りました
わたしも早足で下を向いて歩き、そしてついに路地から通りに出たところで彼が走りだしました

わたしも全力で走り、神田駅の見える大通りまで来て、やっと彼が止まりました
二人とも息がすごく上がってたけど、必死さと緊張でそこまでくるまで気づきませんでした

「なに?なにがあったの?」と聞くと、彼がちらっと後ろや横を振り返って
「いや、やばい。とりあえず電車に乗ろう。人が一杯居るところにいきたい」
と言うので、二人でJRに乗りました

切符を買う彼の顔は真っ青でした
わたしも同じだったと思います

改札を通ると、彼も少し落ち着いたようでした

いつもはわたしの駅まで送ってくれるのに、
「今日はお前、お母さんに迎えに来てもらえ。俺もそうするから」
と彼が言って、二人もと実家だったので結局そのまま話は無く、それぞれ親に迎えに来てもらって帰りました

家についてしばらくしてから彼から電話がかかってきて、何があったのかをやっと話してくれました

あの細い路地を入っていったとき、両脇は廃屋で裏は工事現場で
これは余裕とか思ったらしいんです

路地は突き当たりで曲がるようになっていて、
そうすると少しばかりのスペース(工務店のほうの裏庭だったっぽいと彼は言ってました)があり
そうしたら、その土の上に裸の人がこっちに背を向けて体育座りをしていたって言うんです

一瞬、廃屋じゃなかったんだ、やばい、でも裸かよ
とか思ったらしいんですけど

抱え込んだ膝に上に頭を伏せていたその人が彼の気配に気付いたのか、顔をあげたらしいんです

「顔は見なかった。あのまま見てたら振り返ったんだと思う。
でももう頭を上げた瞬間に引き返した」と彼は言いました

その人(?)は、頭が通常の人間の3倍くらい横に長く、髪の毛はまったく無くて

「フアァ・・」ってあくびするみたいな何か言うみたいな変な声を出した
って言ってました

その声で絶対やばいもんだと確信したらしいです

「俺さあ、霊感とか全然無いしさあ、金縛りだってあったことねーのに。
でもあんなの初めて見た、絶対やばかった。今でも震えが止まらない」
って言っているのを聞いて、わたしもまた鳥肌が立ってきました

その瞬間、あそこでからんと音がきこえたのを思い出し
はっとなってバッグの中を見ると、案の定無くなってたんです
彼に買ってもらった髪留め(洋風のかんざしみたいな)が・・・
やっぱり落としてたんです

でも、あそこで落としたなんていえないから、もうこれは平日の昼間
人通りがあるときに自分でとりにいこう、と決めました
けっこう高いやつだったし、気に入っていたので、怖い気持ちはもちろんあったけど、昼間なら大丈夫、と思って

結局次の日、大学に行く前におばあちゃんの数珠とお守りとか塩とかを持って、その場所に向かいました

朝の神田は、やっぱり人がたくさん居て普段うざいオヤジとかサラリーマンさえも大事にいとしく思えるくらいでした
で、問題の場所についに差し掛かりました
通勤のサラリーマンの行列に混じって

そうしたら、なんと驚いたことに、工務店のほうは廃屋じゃなかったんです
やってるのかは怪しかったですが
とりあえず引き戸が開いていて中に軽トラが入ってるのが見えました

やってるとは思わなかったんで、どうしようと行列からはずれて迷っていたら
例の路地の奥からおばあさんがほうきとちりとりを持って出てきました
そうして工務店の前を掃除し始めました

しばらく見ていたら、ふと目が合って、おばあさんが手を止めてわたしをじっと見てきました

もうこうなったらと思って、
「すいません、昨日か一昨日くらいに、
このへんで金色のかんざしみたいなクリップみたなのを落としちゃったんですけど無かったですか?」
と近づきながら聞いてみました

おばあさんはじっと相変わらず私を見ていて、ちょっと一瞬怖くなったけど
別段昨日みたいなこの世ならぬ寒い感じはしなかったし、明るくて人通りもたくさんです

「いつ?あんたここの道入ったの?」とおばあさんが言いました
「いや、入ったってほどではないんですけど、ちょっと酔っ払ってたんで・・」
と言葉を濁したら
「かんざしなんて無いよ。このこと?」
と、緑の大きなちりとりの中に、葉っぱとかゴミと一緒に入っているのを指指しました

「あ!これです」って手にとった瞬間・・・
金色のメッキでビーズがついていたクリップは真っ赤に錆びていて
触った瞬間昨日の鳥肌がまた立ちました

「こんなに汚れっちまって、そんでもいんならいけど、いらないんなら置いてきな。
ばあちゃんほかしといてやるから」(なぜか関西弁?)とおばあさんが言いました

気に入っていたし、たぶん手にとった瞬間の鳥肌が無ければあれだけぼろくても持って帰ったと思います

でもすごくいやなかんじがして、持ち帰りたくないと強く思いました

「・・すいません、じゃあこのまま捨ててください」
「酔っ払いだかなんだか知らんけど。ここ私道だからね。もう入ったらだめだよ」
とおばあさんが言いました

人通りはたくさんありましたが、来たことを後悔していました
早くその場を立ち去りたくてたまりませんでした

おばあさんに挨拶もそこそこに帰ろうとして、一瞬ちらっと振り返りました

おばあさんはほうきとちりとりを持ったまま、
さっきまでとは別人のように怒りの表情を浮かべてわたしを見ていました

路地の奥が少しだけ見えました

通路のむこうに、内股すぎる頭の大きな人が曲がって消えていくのが見えました

−終わり−

見に行かないようにお願いします

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