●怖い噺 七


□山坊主
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長野は茅野の友人を訪ねた帰り道

夜11時近かったろうか

甲府を抜け雁坂道を走っていた

助手席には同行した友達が寝ているのか、無言でシートにうずまっていた

長い県境のトンネルを抜けて少し経ったころ
山道の崖側のほうに人間らしき姿がヘッドライトに浮かんだ。ちょっとびっくりしたものの、そのまま通り過ぎる

「今の見た?」友達は起きていたようでいきなりそう切り出した

「見たよ。人みたいだったよな」

「あれ、生きている人間じゃない気がする」
いきなり何を言い出すのか、こいつは

「なんだよ…変なこというな」

鼻で笑ってみたものの正直、夜の山道でそんなこと言われたら気持ちのいいもんじゃない

少し走ったとき助手席から「おい、見てみ、あれ」と声がした

また崖側に人間らしき影があった。ヘッドライトがあたるとそれは確かにさきほど見た「人間らしきもの」と同じようである

「おい、スピード落とすな」慌てて離しかけた右足をアクセルに置く

「目を合わせるなよ。見えないふりをしろ」

「あれ…マジで…か?」

「たぶんな。また来るぞ」

さらに2,3分走ったところそれは現れた

もう疑いようがない。ヘッドライトの明かりで見る限りでも今までのものと同一人物であった

「…三つ子が夜道のドライバーを脅かそうとしてるのかもな」

言ってはみたものの、自分でもそんなわけが無いと思う

そしてまた現れた

「四つ子じゃ、ないよな…」

「おまえ、なんかおかしいと思わないか?」

「おかしい?」

「ああ、たぶんまた出てくるからよく見てみな。よく見ちゃまずいと思うが」

また2,3分後、お約束のように現れる

確かに違和感があった。同じ人物なのは間違いないのだが

「奴、こっちが止まるまで出てくるつもりかな」

「じゃあ止まれば終わるってこと…か…」

「止まったところでろくなことは起こらんだろうよ。まあ見えないふりをしていたほうがいいだろう」

「だけどたしかにおかしい何か違和感があったよ」

「俺も自信がないけど次きたらはっきりするだろ」

そして、それが現れたときはっきり違和感の正体がわかった

「でかくなってるよな」

「なってるよな」

今いるそいつは、ざっと見ても身長が2mを軽く超えていた。確かに人間じゃない

「ははは…狐や狸が化かす時代でもないよな…」

乾いた笑いで言う。それでも友達が隣にいるから乾いていても笑いが出る

「とにかく無視しろよな。関わってもいいことはないと思うから」

次に出たときはさらに大きくなり3メートルかそれに近いような気がした

そんな調子でおよそ3分おきに現れる。徐々に大きくなりながら

正直、恐怖で言葉も発せられなかった。ただ道にあわせてハンドルを動かすのが精一杯であった

最初はほとんど人間の大きさであったと思う。それがこのまま現れ続ければいったいどこまで大きくなるのだろうと考えるととてつもない恐怖であった

おそらく友達もそうだったのだろう。10回を過ぎたころから一言もしゃべらなかったのだから

14、5回は出たと思う。最後には10メートル近くになっていたはずだ。もう気づかないふりにも無理がある

しかしちょっとした里の集落の灯りが見えるとそいつは姿を現さなくなった

3分が過ぎ、5分が過ぎ、10分と過ぎても姿を見せない

「もう出ないみたい…かな…」

「逃げ切れたか…」

まだ不安は残るもののどことなくほっとした空気が包む。大したことのない行灯式の看板や自販機の灯りがこのときばかりは頼もしく思えた

集落を抜けたはずれに自販機が並べてある駐車可能なスペースがあった

お互い喉がカラカラだったので缶コーヒーを買った

そして車を車道に戻して徐々にスピードを上げる

ふとサイドウインドーを見ると闇に浮かんだ山が巨大に膨れ上がった物の怪のような気がした

−終わり−

海坊主に山坊主…知り合いか何かか?

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