●怖い噺 八


□足 いらんか
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あれは夏のことだった

冷房が壊れてしまい僕は熱帯夜の中寝付けずにいた

何度目かの寝返りをうったときのこと

寝返りをうった方向、顔のすぐ目の前にどこか人のような顔をした犬か狐のような動物が鎮座していたのだ

僕は大層驚いて「うわああああ」とか「ぎゃああああ」とか叫び声をあげて飛びのいたつもりだったのだがどういうわけだか体がぴくりとも動かず声も出ない

そのままの状況で謎の動物と見詰め合う…

心の中では消えろ消えろとずっと念じていたが一向に消えてくれない

この地獄はいつまで続くのかと精神が音を上げかけたころ、その動物の表情が歪んだ

人でいえば笑顔のような形だった(と、いっても歪にひきつっていて恐怖しか感じなかったが)

そして口を開かずにこう言った

「アシ イランカ?」

僕が意味がわからずに何も反応できずにいると、その動物はふっと消えた。すると何事もなかったかのように体は動くようになった

その夜は寝付けずまたアレがでるのではと震えながら朝を迎えたが結局あの動物は朝まで現れなかった…

それから三日がたったがずっと体調が優れなかった。何をしていてもだるく軽い頭痛のようなものが常時続いた

そして四日目の朝、靄のかかったような頭で自転車を運転していると突然車が突っ込んできて、僕はあわやというところで自ら自転車を倒し車との接触を免れた

車はそのまま猛スピードで走り去ってしまい僕はのろのろと立ち上がりしばらく呆然としていたが足に痛みが走っていることに気づいた

見れば右足からだくだくと血が流れている

どうやら自転車を倒したときに地面と自転車に足が挟まれて裂傷を負ったらしい

僕は痛む右足をかばいながら行く予定だった本屋へも行かずに家へと帰った。当然だが僕の足を見た母親は驚きすぐさま病院へと連れて行かれた

すると出血は派手だがそう深い傷ではないらしく消毒と包帯をするだけで問題ないという

母親は「ああよかった」としきりに言っていたが、僕はあのときの動物の言葉を思い出していた…

その夜、またあの動物が現れた

初めてアレが現れたときと同じように寝付けずにいるとあの動物が現れて怪我をした足を長い舌で舐めている

全身に怖気が走り恐怖に狂いそうになったがあのときと同じくまったく動けないのでどうしようもない

ひとしきり僕の足を舐めると動物はまた笑みのように顔を歪め言った

「アシ、モラオカ」

僕はひどく焦った。きっとこいつが僕に怪我をさせたに違いない。このままでは僕の足はとられてしまう!

(やめろ、僕の足をとらないでくれ! たのむ、やめてくれ!)

心の中で繰り返していると動物は「ぐぐ、ぐぐっ」としわがれた声で笑っているような音を出してすっと消えた

翌朝、僕が目覚めると怪我をした足が動かない

もう高校生になったというのに僕は半泣きで両親を大声で呼び何事かと慌ててやってきた両親に僕が体験したことのすべてを話した

すると母親が昔霊障にあったときにお祓いをしてもらった信用のできるお寺さんに行こうと言ってくれた

僕はその日のうちに母親の運転する車に乗せられお寺に連れて行かれた

住職さんに動かない足を見せ「どうか助けてください」と必死に頼むと住職さんは言った

「動物と人の霊の混ざったものに憑かれていますね。今日来てくれて本当によかった。もう少し遅ければその足は一生動かなくなっていたでしょう」

住職さんはお経を唱えて僕の頭や足を軽くたたき御祓いをしてくださった

ほどなくして僕の足は動くようになり、それからあの動物が僕の前に現れることもなくなった

いったい何が原因でアレに憑かれてしまったのか、なぜ足をほしがったのか疑問はあったが、僕にはアレから解放されたという事実だけで十分だった

もう出ないとわかっていても僕は夏が怖い

−終わり−

人と動物…もっと良い怪談が作れそうだ

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