●怖い噺 拾
□注連縄
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これは俺の田舎の祭りに関する話
俺は神戸に住んでいるんだけど子供の頃オヤジの実家である島根の漁師町へ良く遊びに行っていた
9歳の時の夏休みも親父の実家で過ごし、そこで友達になったAと毎日遊びまくって毎日が凄く楽しかった
ある日Aが神社に行こうって言いだした
しかも神社の社殿の中に入ってみようぜって
この神社についてまず説明させて下さい
神社は山の上に立っていて境内にまず鳥居がある。山から麓までは階段が続いていて麓にも鳥居。それから鳥居からまっすぐ海に向かうとすぐに浜に出るのだが浜辺にも鳥居が立っている
つまり境内から海まで参道がまっすぐ続く構造
ちなみに神明社
話を戻すと俺はAについていって麓の鳥居の前まで来たんだけど神様の罰が怖かったのとなんだか妙な胸騒ぎと言うか、嫌な感じがしていたから行かないって言った
Aには弱虫と言われて、癪だから随分迷ったんだけど結局俺は行かなかった
それで20分ほど待ってたらAは戻り「つまんなかった。社の中にはなんもない、鏡があるだけ」と言っていた
なんだそんな物かと俺はほっとした
次の日にはAから弱虫呼ばわりされたのもケロリと忘れてAとやっぱり遊びまくってた
楽しい夏休みもいずれ終わる
家に帰る時Aは見送ってくれて再来を約束した
A「またな、来年も絶対来いよ」
俺「おう約束する」
次の年の夏休みも島根に来たんだけど俺は御馳走されたスイカを食べながら
俺「明日は、Aと遊びたい」
と言ったらばあさんと叔父さんの顔が急に曇った
叔父「あのなあ、お前はA君と仲良かったから黙ってたんだけど実はA君は死んだんだ」
俺「えっ」
叔父「夏休みが終わって三日程してかな、海でおぼれちまって…」
もう俺はショックだった
昨年の事を思い出してもしかしたら神社の罰かもと思ったけど、まさか社殿に入っただけで神様が祟り殺すはずはないよなと思い直した
それから話が飛んで俺が大学生の頃オヤジが亡くなりました
オヤジが亡くなった年の12月初旬に叔父さんから電話があって大晦日から元旦にかけて行うオヤジの地元の祭りに参加しろとのことだった
俺「おっちゃん俺、神戸なんだけど交通費もかかるし参加しなくてもいいでしょ」
叔父「馬鹿お前、兄貴が亡くなったからお前が本家の当主だぞ。本家が祭りにでないなんて絶対に駄目だ。兄貴も毎年参加して元旦に神戸へUターンしてただろ」
俺「おかげでお袋はその祭り本当に参加しなきゃいけないのって毎年ぷりぷりしてたけどね」
叔父「ああ、言い訳は良いから」
と言われしぶしぶ祭りに参加させれる事になった
当日、大晦日の20時に付くと叔父さんがイライラして待っていた
叔父「おせーぞ19時には着くって言っただろ」
俺「ごめんごめん、松江で鯛飯食ってたらから、でも祭りは21時からだから十分間に合うでしょ」
叔父「馬鹿、潔斎する時間を考えろ」
俺は潔斎と言われて驚いた、そんなに本格的な神事なのか
俺は慌ただしく風呂場で潔斎してオヤジのお古の家紋入り羽織袴を着せられ祭りの会場の浜まで走って向かった
浜にはやはり羽織袴の人達がいっぱいいる
この祭りは女人禁制どころか各々の家長しか参加が認められいないものらしい
時間が来て神主さんが海に向かって祝詞を唱えて神様をお迎えする
後は参道を通って境内まで神主さんを先頭に松明に照らされてぞろぞろと行列。神様を社殿に鎮座させた後は能や神楽等が催され一晩中飲めや踊れやの大騒ぎで一晩過ごす
飲みまくるのは神人共食神事って奴かな
酒飲んで良い気分になってふらふらしてきた頃社殿をぼーと見てたらなんだかおかしい事に気付いた
注連縄なんだけど左が本、右が末になってる
つまり逆に付けられていたん。なんだこりゃと思いつつも酔ってたから余り深く考えなかった
次の日なんとなく気になって叔父に注連縄の事を尋ねてみた
俺「ねえ、神社だけどさ注連縄逆じゃない」
叔父「なに、お前そんな事も知らずに祭りに参加してたのか」
俺「だってオヤジも教えてくれる前に死んじゃったし、おっちゃんも教えてくれてないでしょ」
叔父「そうか…すまんな、じゃあきちんと説明しておくか」
俺「頼むよ」
叔父「あの神社なぁ神明社で天照大御神を祭ってある事になってるけど実は違う。ご祭神はもっと恐ろしい物だ」
俺「えっ、そうなの」
叔父「明治時代に各地の神社の神様が調査されたんだけど役人がこの土地に来た時、単に土地の者は神様って呼んでただけで神様の名前は知らなかった。何しろ昔の人間は神様の名前なんて恐れ多くて知ろうともしなかったし興味もなかった。それで役人が適当に神明社ってことにしたらしい。こうやって各地の無名の神様が記紀神話の神様と結びつけられてったんだ」
俺「じゃあ何の神様か解んないんだ」
叔父「いや、名前が解らんだけでどんな神様かは解る。お前御霊信仰って知ってるか」
俺「知ってる。祟り神とか怨霊をお祀りして鎮めることで良い神様に転換して御利益を得るやつでしょ。上御霊神社とか天神様とか…まさか」
叔父「そうだ。海は異海と繋がってるって言われるだろ、だから良くない物が時々海からやってきてしまう。特にここら辺は地形のせいか潮のせいか海からやってきた悪霊とか悪い神様があの浜には溜まりやすいらしい。それが沢山溜ると漁に出た船が沈んだり、町に溢れて禍をもたらしたりする。だから溜る前にこっちから神様をお迎えして神社に祭る。それが祭りの意味だよ」
叔父さんは続けて語った
叔父「だから注連縄はあれであってる」
俺「えっ、どういう事」
叔父「注連縄って穢れた人間が神域に這入ってこれない様につまり外から内に入れない様張り巡らすもんだろ」
俺「そうだね」
叔父「あの注連縄は逆。内から外に出られない様に張り巡らされてる。つまり神様が外に出られないように閉じ込めてんだよ」
俺は昔を思い出してぞっとした
昔Aが社殿に入り込むと言う事がどれだけ無謀で危険な行為か理解できた
Aは外に出られないように閉じ込められている悪霊、悪神の巣に入って行った訳だ
もし俺があの時Aの話を断れずについて行っていたらと思うと…
背筋が凍りついて気が付くと手が汗でじっとりと濡れていた
−終わり−
塩で焼いても味噌で煮ても鯖は鯖と言う様に
悪くても穢れていても神は神…それなりに力を持っていると言う事ですね…