●怖い噺 四


□おまわりさん
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俺の友人のNが、今年のお盆に出社したときのこと
そこの会社は盆休がなくて、それぞれ交代で休みを取るんだそうだ

15日
その日はNの他に2人しか出社していなかった
大抵そういう日に限って面倒事ってのは起こるものだ
案の定、定時間際になって電話がかかってきた

Nは管理系の部署で、滅多に苦情なんて来ないんだが
その電話の相手は物凄く怒っていて、今すぐ対応しないと収まらないようだったので
仕方なく残業することにした

他の部署も、定時を過ぎると10分もしないうちに皆帰ってしまったが、静かな分集中できたので、19時にはほとんど片付いた
そこで買っておいた弁当を食い、少し休憩してから続きにかかった

再開して20分くらいすると、トイレに行きたくなり個室へ入った
用は足したのだが、イマイチすっきりしないので、そのまま少しボーっとしていると
ふとトイレの怪談を思い出してしまった

良くある『入口から順にドアを開けて来て、最後に自分の個室を上から覗く何者か』の話だ

Nはちょっとビビって、扉の上を見た
何も居ない。当然だ

ホッとして身支度を整え、個室を出ようとドアに向き直った時Nは見た
内側の鍵の上部ドアの隙間の向こうに、何者かの『目』を

正面から隙間を見るとドアの向こうが見えるのはほとんどの人が知っていると思う

そこに『目』
それも睫毛まで見えるほどの物凄い至近距離だった

あまりの恐怖に全身が総毛立ち、何とかその目から隠れようと蝶番側の壁に張り付いた
そして一体何が居るのかとドアの下を見た
それだけ近くに居るのに靴も、影すら見えない

そういえば目は見たのに顔の印象がない

そもそも誰かが入ってきたらトイレ入口のドアが開閉する音が聞こえるはずだ
Nは聞いた記憶がない
考えれば考えるほど、ドアの外に居るのは人ではないように思える

どうしていいのか分からずそのまま震えていると、足音が聞こえた

時計を見ると、21時
警備員の見回りだ
勿論、トイレも見る

前を通った時ドアの下に影が差した
窓が開いていたのか、閉める音がする
戻ってくるとノックされ声を掛けられた

「まだ残業するなら、申請書出してくださ〜い」

のんびりしたその声に気が緩み、声を返した

「警備員さんですか?」
「そうですよ〜」
「そこ、何も居ませんよね?」
「私以外、誰も居ないですよ〜」

そう言われて、居なくなる前にと急いで外に出た

「どうしたんですか、顔が真っ青ですよ?」

そう言われて鏡を見ると本当に酷い顔色だった

ふと、さっきのは鏡にでも映った自分なんじゃないだろうかと考えたが
そんなはずはない
ドアの正面には壁しかない

Nは、警備員に聞いた

「トイレの中には僕のほに誰も居なかったですよね?」
「はい。そもそも、このフロアには他に誰も居ませんよ」

その言葉にゾッとした
背筋を嫌な汗が伝い落ちる

あんまりしつこく、何か居なかったかと聞くので、警備員のほうが何が居たのか聞き返してきが
Nは適当にあしらい、残りの仕事もそこそこに急いで帰宅した

その週の週末、Nは彼女のSと一緒に共通の友人O宅を訪ねた
O家は、夫婦と5歳になる男の子がいる

その日も5人で盛り上がり、途中で奥さんがお茶を淹れ直してくれたのだが
男の子が妙なことを言った
「おかあさん、おちゃがひとつたりないよ」

皆がテーブルの上を見るが、カップはちゃんと5個あった

「Aちゃん、ちゃんとみんなの分あるわよ?ほら、1、2、3、4、5。ね?」
1つずつ奥さんが指を指して数えたが、Aちゃんが納得しない

「だって、ろくにんいるよ!」
「…」
Aちゃん以外、奇妙な顔をしていた

「Aちゃん、だれが足りないの?」
奥さんが、恐る恐る聞くと

「おまわりさん」
「え…?」
「おにいちゃんとおねえちゃんのあいだに、もうひとりいるよ」

NとSは顔を見合わせ、恐る恐る振り返った

しかしそこにあったのは今まで二人が寄りかかっていた壁

「おまわりさんが、居るの?」
「うん、あおいろのようふくをきたおまわりさんだよ!」

みんなが疑わしげに聞くのでAちゃんはむきになって言った

「おにいちゃんとおねえちゃんといっしょにぼくんちにきたんだよ!」

S太はなんだか嫌な感じがしていた

彼女と二人でO家に来たのだ
他に誰も一緒には居ない
気持ち悪いながらも、子供の言うことだからと一緒に食事をしO家を後にした

次の日、ようやくNは思い出した

人間の警備員が来ていたのは、去年の暮れまでだったことを

今では機械警備に変わり、人間は誰も巡回していないことを

そして、警備員の制服は"おまわりさん"とよく似ていることを…

−終わり−

未だに巡回していたのですね

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