●怖い噺 五


□ワン切り
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私が以前借りていた古い木造一軒家は、深夜に一回だけ電話が鳴って切れる事がよくありました

私は当然それをワン切りだと思いました
深夜にかかってくるので迷惑している人も多いと聞きます
使っていたのは留守電機能さえない古い機種で当然着信履歴も付いていません

ですからワン切りがかかってきても実際どうすることもありませんでした

しかしある晩、私はとても怖い思いをしました
それ以来あの電話はワン切りとは関係なかったのだと思っています

その時の事を思い出しながら書いてみようと思います

深夜に電話が鳴るようになったのは、そこに住み始めて半年くらい経ってからでした

しかし繁栄に鳴るというわけでもありません

月に4回くらいでしょうか
鳴る時間は深夜の3〜4時頃で電子音でプルルルルルと一回鳴るだけで切れてしまいます

それが鳴るといつも私は布団を頭から被って丸くなりました
呼び出し音の後に家の中全体がざわりとする感じがしてそれがとても怖かったからです

私は「人の気配」や「強い視線」などの言葉を使おうとは思いませんが
それは子供の頃に隠れん坊をしていて
鬼が近付いて来たときの感じに似ているといえば近いでしょうか

目を固くつむって鬼が去るのをじっと待っているときのようなそんな気分でした
そして布団を被った後は必ず朝まで悪い夢にうなされたのです

それでも私はこの恐怖心は単に心理的なものであって別の原因を考えはしませんでした

深夜の呼び出し音は嫌なもので、人を何かしら不安な気持ちにさせるものです
不安からくる怖さ
すべては単なる気分の問題だと思ったのです

またそれとは別にもう一つ気になることもありました
寝室の押入の左端が、たまに10センチ程度開いていることがあったのです

私は押入が少し開いているのが嫌いなので、いつもきちんと閉めるようにしています

きっと怪談話の影響でしょう
何かが隙間から覗いていると嫌だからです

しかしそうしているにも関わらず、たまに少し開いていることがありました

ちなみにここの左端だけは中に何も入れていませんでした

そこの部分だけ、なにか嫌な匂いがするので使っていなかったのです

それは例えの難しい匂いなのですが、魚が腐った匂いを薄めて少し変えたような
とにかく嫌な匂いでした

使いたくないので脱臭剤を入れたきり空っぽにしておいたのです
薄い板一枚隔てただけの隣部分が全く匂わないのは少し不思議でした

ここから問題の夜の話になります

その日、私は夕食後に軽く居眠りしてしまった為なかなか寝付けず、寝たり覚めたりを繰り返していました

家はとても古い造りで中の部屋は全部障子で仕切られています

私は開放感を得るため普段からこれを全開にして使っていました
家全体を一部屋として使う感じです

夜は個々の部屋の豆電気を付けているので、本は読めないまでも部屋の中のものは案外見える状態でした

その時また目が覚めてしまった私は足の方にある押入をぼんやりと眺めていたのです

すると何かフスマの表面がモゾモゾしているのに気が付きました

押入の例の左端部分を内側から誰かが指で押しているようなのです

クッ…クッ…と微妙に位置を変えながら何度も繰り返し
それは退屈した子供が指で遊んでいるように見えました

私はキョトンと夢の中の出来事のように思いながらしばらくそれを眺めていたのです

その時突然、例の電話が鳴りました
いつものようにプルルルルと一回だけです

私は予想もしていなかったので驚いて心臓が止まるかと思いました

そしてその音が鳴り終わるとすぐ、音もなくフスマが少し開いたのです

そこからは少し震えながら
白く細い腕が出てきました

それは薄く透けていて
まるでレントゲン写真を見ているようでした

華奢で細く小さな女の子の腕のように思えました

そして腕は肘の上あたりまで出てくると止まり、下に向けた小さな指が開いたり閉じたりして何かを探っていました

私にはその動作が電話の受話器を探っているように見えたのです

しかし電話は遠く玄関の脇に置いてあります

当然届く距離ではありません

それでもその腕はあきらめずにその動きを繰り返していました

一方それを見ていた私はというと、布団の中ですっかり足に力が入らなくなっていたのです
腰が抜けた状態だったのでしょうか
以前に経験が無いのでよくわかりません

少しでも腕から離れようと思った私は、いつものように布団を頭から被ると尺取り虫のようにして隣の部屋へ逃れようとしました

そして隣の部屋へ向かい不格好に向きを変えていると玄関にある電話の乗った台のわきにも誰かいるのが見えたのです

それは半袖を着た女の人でした

その人も白くレントゲン写真のように透けていました
顔を深く俯けじっと正座をしているのですが
私はその顔が妙なことにすぐ気が付きました

目の位置が変なのです
おでこの辺りに付いていました
白い前髪の隙間から覗くアーモンドのような形をした目が
押入の腕の辺りをじっと睨んでいたのです
その目はとても怒っているように見えました

私は両肩の脇で布団の端を固く閉じると
ジリジリと隣の部屋に逃げ込みました

外に逃げれば良いと思う人もいるでしょう
でも深夜です
寝間着のまま外に出ても行くところもなければ、女の人のわきを通って玄関へ行く勇気も私にはありません

隣の部屋のテーブル下にたどり着いた私は、布団ごと体を小さく丸めました

結局朝までそのままの格好でした
もちろん眠ることなんか出来ません

明るくなって隙間から怖々覗くと
女の人も腕もいなくなり
押入のフスマが少し開いたままになっていました

呼び出し音の後に部屋がざわめいていたのは、彼女達がいたからだったのでしょう

女の人は押入の中の子のお母さんだったのでしょうか

詳しいことは何も調べられないまま私は引っ越してしまいました

−終わり−

その電話は誰からかかって来ていたのやら…

それと
友達からの電話かと思い上機嫌で出たとき
相手が友達では無く
何かのセールスだった時の虚しさ…

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